恒星のスペクトル

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最後に通されたのが社長室だった。 「わぁ……すご……」 仁藤さんは溜息混じりに呟いた。 それもそのはず、壁いっぱいにサバンナの景色が広がっているのだから。 地平線から赤紫にグラデーションされ、次第に濃紺の空になり、天井には不規則に散りばめられたLEDの照明ライト。宇宙のうねりのような色相環がペイントされている。 (電飾のLEDの配列…… それと、天井に書かれたM31とかM45とか…… もしかして……) 「あの人の道楽なのよ。子供なのよねぇ」 あれ? 烏丸さん。 今社長を『あの人』って…… なんか意味深。 「やぁ。期待のルーキーが来たね。ようこそ『シャルル』へ」 部屋の隅でゲーミングチェアがくるりと回って、変わったゴーグル付けたまま加賀杜社長が手を振った。 「社長。新入社員です」 「おはようございます。本日より、精一杯努めさせていただきます。よろしくお願いします」 勢いよく、深々頭を下げる仁藤さんに遅れをとってしまう。 「あ、よ、よろしくお願いします」 と慌てて頭を下げた。 (ちっ) え?今舌打ちしました?仁藤さん? 風当たり強くないですか?僕に…… ゴーグルのようなものを外しながら、近づいて 「うん。よろしくね。二人とも期待してるから、頑張って」 って僕の肩をポンと叩いた。 「社長。それだけですか?」 烏丸さんがツッコんだ。 「うん。以上。あとわスマちゃんヨロシク」 なんか軽いなぁ…と思うのは僕だけじゃないよな。 「社長……。訓辞の一つぐらい言って下さらないと」 「あー……苦手なんだよなぁ。ンー……じゃあ質問コーナーにしよう。なんかあるかな?ん?」 おずおずと、でも、やっぱり知りたいという好奇心。 入社したばかりで、知らなかったで、今日はまだ許されるはずだと思う。 親が子供に名を付けるのと同様で…… いろんな思い入れがあり、愛情を注いでいるからこそ、知っておくべき大事な事なのだと思う。社名も然り。 僕は、社長の見ている、考えている世界を知っておくべきなのだと、 凄く失礼な質問をしてしまうのかも知れない。 けれど、 「あの、一ついいですか?」 キッと睨む隣りの仁藤さんが怖い。 「ん?なんだろ、天斗(テント)君」 「もしかして、社名の由来。シャルル・メシエに(ちな)んでますか?メシエカタログの……」 「あはははっ、正解ぃぃ!流石テント君」 「やっぱり!だと思いました。天井のM45とか書いてあるの、全部メシエカタログですよね。凄い正確な星の位置づけだもの、あのM45の『すばる』とか……凄い、恒星の色まで再現してるんですか?これ!」 「そうなんだよー。すげぇだろ?」 ウンウン!…て頷いて、また調子に乗りそうな僕に、仁藤さん爪噛んでる。 ヤバ、またやってしまった。 きっと仁藤さんに嫌われてるんだろうな。 「あっ、すいません。社名の由来すら知らないで……」 「あはははっ。いいのいいの!由来なんか。だってみんな知らないもの。多分当てたの君が初めてなんじゃないかな。ねぇ、スマちゃん?」 「ええ、初耳です。なんですか。それ……」 なんか、社長に向ける視線が冷ややかな烏丸さん。 暗幕カーテンが自動で閉められると次第に天井の電飾が優しく瞬きはじめる。 まるで夜空に輝く星のようだ。 メシエカタログという、天体目録を作ったシャルル・メシエという天文学者がいた事を、僕はかいつまんで説明した。 M45はシャルル・メシエが名付けた『すばる』の別名。LEDの配列を指さしながら、オリオン座とかおうし座とかの話をしていると、あれ、なんか既視感あるなと…… ふと、横の、 仁藤さんの口から、 言葉が()れた。 「キュビズム、みたい……」 はっ、となって彼女の横顔を見る。
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