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今日親父が生まれた。息子の俺から20年遅れての生誕となった。
親父には、既に守るべき家庭があり、汗を流すべき職場があるので、俺は日が暮れてから保育器から親父を抱き上げて外に連れ出した。
まずは家に移動させる。道中、後部座席でぐずって泣き出す親父に、
「息子の前で泣くなんて情けないぞ」
と叱咤し続けたが、泣き止む気配はなかった。
家ではお袋が晩飯を用意して待っていた。テーブルの上手に父を座らせ、妹を部屋から呼び出し、我が家では初めて家族揃っての食事を迎えようとした。
しかし、中々親父が料理に口を付けない。
我が家の暗黙のルールとして、一番初めに食べ始めるのは親父である。親父がまだ箸を付けていないのに、他の家族が食すことは禁じられている。故に、先に産まれていた俺達は、今日まで何も口にしていない。食への興味が尽きなかった中高生の時、よくお袋に結婚するまでの人生で口にした食べ物の味について聞いたものだ。
「早く食べてよ!」
妹が耐えきれず吠えた。成長期なのだから無理もない。
「親父、もったいぶらないでくれ。限界だ」
「あなた、食べて」
俺とお袋も続いたが、親父は涎を垂らしながら丸い目をするばかりで箸を持とうとしない。妹が髪を掻き毟り、俺が貧乏ゆすりを初め、お袋は深い溜息をついた。
しかし少しして親父が行動した。テーブルの縁をしゃぶり始めたのである。
これは料理を食べ始めたと認識してもいいのか?しかしテーブルは家具だ。判断を煽ごうとお袋の方を見る。するとお袋の顔から上半分だけがテーブルから覗いている。成程、テーブルになら口を付けても良いということか。
俺は妹とアイコンタクトをすると、一心不乱にテーブルの縁をしゃぶり始めた。初めて活用された味覚は、長い眠りから急に起こされ、触れるもの全てを強烈な刺激として捉えた。これが「味」という感覚か。その快楽に俺は涙を禁じ得なかった。
気が付くと、妹とお袋の姿がない。かがむと、二人はテーブルの縁からの流れをそのままにテーブルの脚を舐めていた。その光景は俺に、家族でテーブルのまだ乾いた部分を奪い合う未来を容易に予見させた。
俺は即座にテーブルの上に飛び乗り、四つん這いで舐めた。料理の乗った皿を蹴散らしながら必死で舐めた。他方で、テーブルの裏側を妹とお袋が舐めているのが分かったので、舌のスピードはさらに加速した。そして予見した通り、先にテーブルの裏側を舐め終わった2人がテーブルの上に登って来て、俺たち家族は互いに押し合いながら未開拓の場所を競って舐めた。親父が泣き出していたが誰も構うものはいなかった。そうして我が家の夜は更けていった。
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