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10年程経った。俺も就職し、仕事にも慣れた。
慌ただしい生活の中、煩わしくもよく実家のお袋から電話がかかって来た。「煩わしくも」というのは、その内容がほとんど親父に関することだったからである。
お袋いわく、親父が現状に文句を言っているというのだ。
「自分では手に負えないから、お前が相談に乗ってよ」
と、その度にお袋は半分泣いたような声で頼んで来た。俺は「忙しいから」ということを理由にずっと電話を切っていた。
しかしある休日、急にお袋が親父を連れて俺の家にやって来た。
相談があるというのに、親父本人は中々口を開かず、ずっとムッとした様子だった。次第に俺も苛立って来て、
「何が言いたいんだよ」
と声を荒げた。すると親父は情けなくもメソメソと泣き出した。見かねたお袋が間に入った。
「お父さんね、何だか会社とかが嫌だって言ってるの、『何で僕の周りはこんなことになってんの?』って。だから同じサラリーマンのお前なら同じ悩みもあるだろうから、聞いてあげて。あなたも、自分の口でちゃんと言って。嫌だったら私席空けるから」
その言葉でようやく親父は話始めたが、
「毎日会社行って、もっと遊びたいのに何で僕がこんな目に遭わなくちゃいけないんだよ。もう嫌だよこんな。中村も岡本も毎日毎日電話して来て・・・」
と要領を得ない。だが大まかなことは分かった。その上で俺は親父の頬を思いっきり殴った。すると一層親父は声を大きくした。
「だってこの前生まれたパパなんて毎日ママと縁側に座ってボーッとしてるじゃん。僕もああいうのがいいよ」
「おじいちゃんを引き合いに出すな。親父の問題だろ」
「なんで僕だけ・・・」
俺はこれ以上話しても無駄だと、二人を追い返した。そして去り際にお袋に、
「時間が経てば落ち着くから」
と言っておいた。これは大した問題ではない。
また数年すると、予想通りお袋からの電話は少なくなり、たまにこちらの調子を尋ねる電話が来る程度になった。
そりゃそうだろう。産まれた環境に既に家族がおり、社会的地位が揃っている人間などいない。素晴らしい境遇には文句を言わず甘んじて受け入れるべきなのだ。
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