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a pint of bitter 3*
3
クレイトンは、俺に思いを告げた直後、俺を犯した。
力づくで口淫された。
衝撃は大きく、ひどく打ちのめされた。だがそれでも、クレイトンが与えるくちづけにも愛撫にも、不思議と嫌悪感は起きなかった。
すべてを無かったことにしよう、友人として過ごせるように……。
そうできると。
俺はクレイトンに提案した。
クレイトンは、拒絶した。
必死の思いで告げた思いを抹殺されるくらいなら、強姦者として訴追され、軽蔑された方がましだと。
俺への思いに心を引き裂かれ、貴公子のプライドを泥にまみれさせるようなクレイトンの様子は、痛ましすぎた。
あの「完璧」なジョシュ・クレイトンが、惨めにのたうち回る姿など、見ていられない。
そう思った。
ひどい仕打ちを受けながらも、俺は結局、クレイトンを憎み、軽蔑することはできなかったのだ。
だったら……ヤツと「寝られる」かもしれないと。
きっとそうできるだろうと、俺はなぜだか、そんな風に心を決めた。
途中までは良かった。俺は早々に、自らの欲望を遂げもした。
だが、自ら決意をして臨んだことだったにもかかわらず。
最終的に、クレイトンが俺を「抱こう」としたとき、それは受け入れられなかった。
クレイトンは俺を責めなかった。
それどころか、俺に礼を言った。
その感謝の言葉は、本心からのものだった。
だがそれと同じくらい、否、それ以上に、クレイトンは傷ついていた。
俺の肩を抱くヤツの腕から、肌を通して、それは痛いほどに伝わってきた。
俺たちは、また元に戻った。
友人になったのではない。「ガラス越し」だった頃に戻ったのだ。
でもそれでも、俺にはもう、解ってしまう。
ことさらに俺から視線をそらす、クレイトンの気配も。
傷ついた心を滑らかなスーツで包み隠して、優雅に足を組む様子も。
クレイトンを、さらに深く傷つけた自分の安易な振舞いが腹立たしく、やるせなく。
俺の心もまた、乾いたレンガの様に、パラパラと崩れてゆくようで――
「完全に、どうかしてしまったのは、多分、俺の方だったんだろう」
夜に分署の駐車場で行き会ったクレイトンの腕を、俺は、すれ違いざま掴んで引き寄せた。
カメラの死角にクレイトンを引きずり込んで、柱に身体を押し付け、くちびるを奪う。
知らず、クレイトンの顎を掴む手に、力が入った。
こじ開けるようにして、クレイトンの口腔に舌を入れ、貪る。
刹那、焼ける痛みが頬に走った。
コンクリートの天井と床に、残響が跳ねる。
口内に錆ついた味が広がった。くちびるが離れたはずみで、口の内側を切っていた。
打たれた顔を上げると、クレイトンがアイスブルーの瞳で、俺を見下ろしていた。
「『殴ったことは謝らない』よ、マコーネル」
そう言うと、クレイトンは、俺のシャツの襟首を乱暴に掴んで、自らへと引き寄せた。
奪うように、くちづけられる。
無理やりに、初めてそれをされた時よりも、ずっと荒々しく。
ひとりよがりなほどに性急に、クレイトンは俺を貪った。
両腕がさまよい出し、クレイトンのジャケットの中へと入りこむ。
艶のある肌触りのドレスシャツの上を止めようもなくさまよって、クレイトンの身体をまさぐり、掴み、爪を立てる。
指先が、スラックスからシャツの裾を引きずり出し、クレイトンの肌の上に滑り入り、クレイトンの手もまた、俺の背骨にじかに触れ出した、その時。
俺たちふたりは、鉄扉のラッチハンドルが開く、鈍い音を聴いた。
とっさに、互いの身体を離す。
クレイトンが、素早くシャツの裾をたくし入れ、シャツとジャケットの衿を直した。
だが、駐車場へと入ってきた足音は、俺たちとは逆の方向に遠ざかって行った。
*
ハーバー区画までの、車で数十分の距離すらも待てなかった。
俺とクレイトンは、俺のフラットへと転がり込む。
ダウンタウンにありがちな、ちいさな部屋が二つだけの古いアパートメント。
玄関のカギを開け、我さきにと中に入る。
どちらともなく、後ろ手でドアを叩き閉めたのと同時に、互いにくちびるを求め合った。
くちづけながら、クレイトンが俺の身体からブルゾンを引き剥し、自らのジャケットとともに床へと投げ捨てる。
俺は、クレイトンのショルダーホルスターのバックルを外すのに、ひどく手間取っていた。
その間にも、クレイトンは、ベルトごと、俺の腰からホルスターを取り去っていた。
俺たちは、不要な装備を分署に置いてくることさえ忘れ切っていた。
両手で俺の頬を挟んで、圧し掛かるように、クレイトンが俺のくちびるへとむしゃぶりつく。
よろけながら、俺は部屋の奥へと後ずさって行った。
朝起きたまま、ろくにシーツも整えていない、そんな寝乱れたままのベッドの上へと、俺たちは倒れ込む。
俺の身体からは、とっくにシャツが引きはがされていて、クレイトンは、バックルを外す間も惜しむかのように、身体をよじって、肩から自分のホルスターを抜き取る。
俺は、圧し掛かってくるクレイトンからタイをむしり取り、引きちぎるようにして、シャツのボタンを外した。露わになった首の突起にくちづけて、舌で舐る。
馬鹿馬鹿しいほどに、互いに息を荒らげて、掴み合い、抱き合う。
脱ぎ捨てられたクレイトンのドレスシャツは、ぐしゃぐしゃに丸まって、俺の頭の下敷きになっていた。
俺たちは、互いに、ただのひと言を発することもないままだった。
皮肉も、おふざけも。何もかも、頭の中から消え去っていた。
――口をついて洩れる喘ぎを押えようという自制さえも、すべて。
仔犬めいて、俺の胸の尖りにしゃぶりついていたクレイトンのくちびるが、下へと動いていく。
腹筋を舌でなぞって臍をくすぐるクレイトンの髪を、俺は両手でまさぐって撫でまわす。金糸のそれは、ただ、さらさらと指の間を滑り抜けていった。
俺は、どうにもならない焦燥感に突き動かされる。
「……クレイト……ン」
くちびるから初めて、意味を持った言葉が洩れた。
何が欲しい? と問いかけ焦らす余裕すらなかったのだろう、クレイトンは、そのままさらに下へと、俺の身体に深く沈んでいく。
張り詰めて滾り切った部分に、クレイトンのくちびるが触れた。
痺れる刺激に、俺の全身が貫かれる。
声は、抑えられなかった。
その場所に施されるクレイトンの愛撫。
三度目の……。
身体は、それを決して忘れていなかったことを、俺は思い知る。
ずっと……。
心の奥底では、それを求め続けていたことも。
そして。
最初のときも、二度目も。
羞恥のあまりに直視できなかったクレイトンの行為に、俺は見入る。
完璧な形の額、眉間にわずかに皺を寄せて、目を閉じ、猛りを貪るクレイトンの表情は、快楽に溺れるというよりは、むしろ苦悶に近いほどの必死さで。
俺の陰茎を嬲るくちびるは、鮮やかな朱に染まって、頬を紅潮させて。
それを淫猥だと感じれば、さらに、俺の欲望は煽られて走り出す。
やがて、クレイトンの口腔に白濁を吐き出した俺は、もう、罪悪感めいた羞恥心に押しつぶされることはなかった。
全てを飲み下して、顔を上げたクレイトンを抱き寄せて、くちづける。
自分自身の「味」をクレイトンの口腔と舌の上で、俺はその時、生まれて初めて味わった。
そして、俺はクレイトンをベッドの上へと押さえつけた。
何一つまとっていない、男の肌に、俺はくちづける。
奇跡のように、一片たりとも掛けるところのない美しさの身体に。
余裕のかけらもない淫らな声を上げながらも、なぜかクレイトンは誇り高く。
どんな淫猥な愛撫を施しても、それを打ち崩せないことに、加虐心が加速させられる。
そして、その加虐心を必死で押さえることすらも、ただ、俺の欲望を燃え立たせた。
気づけば、俺は、クレイトンの男の部分にくちづけていた。
自分自身が有している場所だというのに、その器官を、くちびるで慈しむことは初めてだった。
だが、そんなことにも、しばらくの間思い至らないほどに、ただ夢中で、クレイトンのペニスを嬲っていた。
不意に、クレイトンが腰を浮かせて、俺から離れた。
黙ったまま、俺の身体をうつぶせにした。
自らの体液と唾液で湿らせた指先を、クレイトンが、俺の脚の間に差し入れる。
長い指が、陰嚢とその後ろの部分を、くすぐって撫で、弄り回す。
「ここには……何もないんだろう?」
ひと言、半ば言い捨てるように問うたクレイトンの言葉の意味が、俺にはその時、まったく解らなかった。
たしかにその時、俺の部屋には「そんな準備」など、何もありはしなかったのだが。
指で嬲りつくした俺の部分に、クレイトンが口づける。
あらゆる細部に、漏らさず舌を這わせて。
そこで初めて、俺の中で羞恥に火がつき、燃え上がり始める。
だが、そんなものは、すぐに押し寄せてくる快感に凌駕された。
すでに、くまなく敏感になり切った身体は、与えられる刺激をすべて、欲望の熱に変えてしまう……。
だから、「止めろ」と言わなかった
「止めろ」と言えなかった。
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