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a pint of bitter 4*
4
指先が中に入って来た時、感じたのは、激しい熱で、痛みではなかった。
そして、すぐに腰から背骨に突き上げるような悪寒。
まるで、たちの悪い風邪にうなされるように、俺は呻いた。
それでも、中をかき解すクレイトンの指使いは、とてつもなく手慣れている……と。
そんなことは、思ったかもしれない。
汗ばむ俺の背中に、クレイトンがくちづけを落とす。
背骨を舐め上げられて、俺は息を詰まらせた。
一時の衝撃は、いつしか行き過ぎ、中をまさぐる動きに対して感じるのは、鈍い愉悦になる。
クレイトンの指が抜き挿しされるたびに、一体、何がどうなっていて、そうなるのだろうか? と困惑が込み上げて止まらないほどに。
俺のその場所は、じくじくとしたひどい水音を立て始める。
そして許諾の求めも、予告すらも、何一つ発しないまま。
クレイトンが自分自身を、俺へと侵入させた。
それまでに、一度だって味わったことのなかった、体内を大きな熱い塊に侵食される感覚に。
俺は悲鳴を止められなかった。
背中から俺をきつく抱きとめて、クレイトンが奥へと、深く、俺の中に沈んでいく。
――すべてが青い。
透明に、澄み切った青。
その時の「青」は、そんな色だった。
クレイトンの腰が、俺へと打ち付けられる。
あらゆる淫らな音が響く。
衝撃と、得体のしれない甘く痺れる快感が、クレイトンが脱ぎ捨てたドレスシャツへと顔を埋めて這いつくばる俺を、とめどもなく喘がせた。
クレイトンが俺を攻め上げるリズムが、身体の内側の、どこかを震えさせていた。
圧倒的なものがこみ上げてきて、眩暈とともに身体が絞り上げられる。
さっき放ったばかりで、やや張りを失っていた陰茎の先から、トロリと溢れるように精液が洩れ出した。
ゆるゆると滴り落ちる白濁は、シーツに当たり、ささやかな雨だれの音を奏でる。
犯される男が味わう絶頂感は、ただの射精とはまるで違っていて、俺はただ、身体を固くし、クレイトンのシャツを噛みしめていた――
「……不思議なことだと、後になれば思ったが」
マコーネルは上掛けを引っ張って、寒々しく見えたエレーネの白い肩を覆ってやる。
ありがとう、クレイグと、静かに礼の言葉を口にし、「何が……不思議?」と、エレーネが問うた。
マコーネルが、溜息の笑いを洩らす。
「俺だって、機能的には同じことをクレイトンに対してできたはずなのに、そうしようとは、なぜだか一度も思わなかった」
……最初は、あんなに「抱かれる」ことに違和感を覚えていたというのに。
「違和感?」
エレーネが、呟きで怪訝に問いかけた。
「いや、たしかに、エレーネ。それだけじゃなかったかもしれない、違和感だけでは」
マコーネルは、こう応じると、思いを巡らせるようにして、ゆっくりと瞼を閉じた。
「『怖かった』んだろう、多分。自分の身体の中へと何かを受け入れることは、怖かった」
そして、マコーネルは、目を開ける。
「まあ、君たち女性から見れば、随分と『可愛らしい』ことだと思われるかもしれないがな」
*
クレイトンが、俺から自分自身を抜き取って。上がり切った息が落ち着くまで、互いに抱きしめあった後。
信じられない、君とひとつになれたなんて……と。
少年の顔で、クレイトンは笑った。
ふたりが寝返りを打つたびに、ベッドはひどく軋む。
そんなことが、突然に湧き起ってきた気まり悪さを加速させて仕方がない。
「『広いベッドじゃないと眠れない』んじゃなかったか?」
照れくささを誤魔化すように、俺は呟いた。
クレイトンが、ピクリと上流階級の仕草で片眉を上げる。
そして、
「……君、『眠る』つもりなのかい」
と、ごく慇懃に、ただし、ごく非難がましく応じた。
おいおい……ちょっと待ってくれよ、と。
内心、俺はそんな風に声を上げる。
すでにもう、二回も吐精していた。
これ以上、俺にどうしろと……?
クレイトンの指が、俺の頬へと伸ばされた。
その指先は、昔、仕事中に負傷した時の傷痕を、そっとなぞっていく。
もうすっかり薄くなって、ほとんど消えかけている古傷を。
ひどく重くて甘ったるい沈黙が落ちてきた。
どうにも居心地悪く思いながらも、俺は、窓から洩れ入る光を受けて煌めくクレイトンの髪の、虹色の輝きに目を奪われる。
気づけば、俺の指はクレイトンの髪を弄んでいた。
それは、サラサラと滑り流れる、金の水糸のような指ざわりで、俺はただ無心に、それに指を絡みつける。
クスリと、ひとつ、クレイトンが含み笑いを洩らした。
俺の指が止まる。
なんとも言えない魅力を帯びた笑顔だった。
向けられた者の気持ちを、根こそぎ奪い尽くすような。
「……なんだ? クレイトン、何が可笑しい」
視線をそらしながら、こう訊ねる俺の口調は、意図しないのに、ごくぞんざいになった。
笑いながら、ゆっくりとかぶりを振って、クレイトンが俺の頬を掌で包む。
「いや……さ。マコーネル、君、初めて『挿れられた』んだろう? なのに、ちゃんと達したよね。『前の方』も触っていないのに」
そんな風に、ごくあけすけに言われ、俺の耳朶が熱くなった。
だが、そのまま赤面して黙り込んでいるのも、あまりに癪で、俺は、
「……なんだよ、それは。もしかして『技自慢』かなにかのつもりか?」と言い返す。
と、またクレイトンが、ひとしきりクスクス笑った。
そして、
「違うよ、君がすごく『いやらしい身体』をしてるって言いたいのさ、マコ」と言うやいなや、俺にくちづけた。
その夜――
クレイトンは俺のベッドの中に居続けたが、結局、そこで「眠る」ことは、ほとんどなかった。
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