a pint of bitter 5*

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a pint of bitter 5*

5 「それで……クレイグ。貴方とジョシュアとは、ずっといい関係を?」 エレーネが囁きで訊ねた。 そしてそれは、幼子を寝かしつける母の声にも似ていた。 「さて、『ずっと』……と言えるかな」 ――そうやって始まった俺たちの関係は、ひそかに続いた。 事件への協力を通じ、多少、親しさを増した同僚同士。 そんな風に接して、決して周囲には気取られないように。 相棒(バディ)に気付かれないよう、慎重に、ふたり、互いの公休を重ねて。 いや、クレイトンのバディであるナナミは、俺たちの関係を知っていたから、クレイトンの方は、そんな気を回す必要はなかっただろうが。 俺たちは、ヨットハーバー沿いに建つクレイトンの豪奢なアパートメントで、身体を重ねる夜を、幾度も過ごした。 夜に限らず、互いに休みであれば、無論、朝も、昼も――  * 深く穿たれ、抉られて、俺は、ペニスから白液を滴らせた。 抱き合い始めてから、もう何度目だか解らない吐精。 もう無理だ。 この重く甘く、痺れる快楽から解放してくれ、もうこれ以上、俺を揺らさないでくれと……。 もはや、懇願でしかない喘ぎ声を上げる俺を。 クレイトンは、容赦なく貫いて揺すり上げ、「そんなことは嘘だよ、マコーネル……君は『これ』に夢中なんだから」と煽る。 そして俺は、微塵の余裕もなく、なされるがまま揺さぶり尽くされる。 シーツも、滲む汗も、何もかもがクレイトンの涼しいコロンの香りにまみれて、夜とともに、俺を包んでいた。  * どれだけでも料理の皿を並べられそうな広さのダイニングテーブル。 そこに何脚も並ぶダイニングチェアのひとつに、シャワーを浴び終えた俺は座った。 初めて「寝た」夜の翌日。 クレイトンのジャケットやスラックスやドレスシャツは、とてもではないが、着られる状態ではなくなっていて、俺は、シャツとジーンズをクレイトンに貸した。 そんなことは、ずっと前にすっかりと忘れきっていたのが、その朝、俺は偶然に、それらをクレイトンのアパートメントで見つけ、シャワーの後の着替えに使った。 大きな窓から港の朝日が差し込む中、クレイトンが、シャンパーニュの栓を、品よく、だが小気味よく開ける。 「どうする、君は、ビール?」と訊ねられ、俺はゆっくり首を振る。 「いや、それでいい」 もちろん、クレイトンの手にあるボトルは、それ「で」いい、などという台詞など、普通、言えるような品ではない。 管理農場ではない、自然の山肌に作られた畑で取れるブドウを使った、正真正銘「本物」のシャンパーニュ。 もちろん、そんじょそこいらの公営酒店(システムボラーグ)では、目にすることすら、まずありえない希少品だ。 そして、百年単位の年代物らしいクリスタルグラスが、俺へと手渡される。 「おい、クレイトン……」 キリリと冷えたシャンパーニュを喉に流し込みながら、俺は言う。 「俺は公休だから、あれだが、お前、今日は勤務日だろう? いいのか……朝から酒なんか」 「今日は、昼前までに、現場(げんじょう)に行けばいいんだ。装備も持ち帰っているし、ナナミとは、そっちで落ち合うことになっている」 さらりと、そう答えたクレイトンだったが、もうすでに、完璧な身支度を終えていた。 ラベンダー色のドレスシャツに、アイスピンクのタイを合わせ。 袖口には、さりげないデザインだが、おそらくアンティークのカフスリンク。 深いダークブルーのスーツは、クレイトンの肌と瞳を、とてつもなく引き立たせると。 それを纏うクレイトンを見るたびに、俺は、いつもそう思った。 注がれたシャンペンを、早々に飲み干してしまった俺のグラスを、クレイトンが、また静かに満たす。 昨夜、さんざん「啼かされ」て、喉はカラカラだった。 クレイトンは、ボトルをシャンペンクーラーに戻し、グラスを手にしたまま、ゆっくりと、ヴィクトリア風の長椅子へと歩いていって、腰を下ろす。 そして、ごく優雅にスーツの背中を座面に預け、長い脚を伸ばして足首のところで交差させると、グラスに口を付けた。 しばらくの間、俺は知らず、その姿に見とれる。 ふと我に返った時には、そのことがなんとも気恥ずかしく、サイドボードの上の、これもまたアンティークらしい置時計へと、慌てて視線を動した。 そして、「俺は、家に戻るから」と、立ち上がる。 「え? もう?」 ふと視線を上げて、クレイトンが言った。 「さすがに、今日は部屋を掃除する必要がある」 俺はブルゾンの袖に腕を通しながら、クレイトンに応じる。 この家とは違って、俺の安アパートには、「ハウスキーピングのドロイド」なんてものはないからな。 「じゃあ」と、短く声を掛けて、俺はクレイトンに背を向け、玄関へと向かった。 重々しい作りの玄関ドアを開ける前に、俺はふと背後を振り返る。 フルートグラスを手に、長椅子に横たわるクレイトンの姿が目に入った。 透明な陽射しが虹の輪を作って差し込む中。 その時のクレイトンはまるで、絵画のようで。 自分でも、あまりにも陳腐な表現だとは思うが、でも。 それ以外には、どう言ったらいいのか解らないほどの、優美さで……。 そんな風に、その光景は、ひどく、ひどく眩しかった。
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