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男を受け入れることへの、恥じらいやら後ろめたさやら、戸惑いやら。
そんな感情など、微塵も交えることのない屈託のなさで微笑みながら、マコーネルへと腕を伸ばす。
そんなナナミに対し、「淫らな玩具」という印象を抱いてしまう一方で。
できるなら、ふたりの関係を、これからも大切にしていけたらと思っているのもまた、マコーネルの本心だった。
場末のダイナー。
テーブルを挟んで差し向かいに、ナナミとポツリポツリ、言葉を交わし合った時間。あのくつろいだ心地よさ。
これからも、丁寧に関係を紡いでみたいと。
そう思わされた。
その先に、ふたりの間にどんなものが生み出されるのか。それは解らない。
――狂おしいほどに満たし合えるようになれるだろうかと。
そこまでの期待があるわけではない、けれども。
予兆ですらない、もやもやと捕えどころのないものだったが、でもなにかが……。
なにかが、互いの間に生まれないとも言えないではないか?
慈しんだつもりだった。
ナナミのすきとおる白い肌は、これまでに触れたどの女性のものよりも滑らかでやわらかく、マコーネルの劣情を煽りに煽ったけれども。
ガツガツと乱暴に暴走しないよう、マコーネルは、必死に自分を抑え、反応を見極めるようにして、慎重に愛撫をほどこした。
しかし、ナナミの身体はついぞ、マコーネルの腕の中で、ほどけ蕩けることはなかったのだ。
気が変わったとか、愛撫が不快だったとか、マコーネルに厭気がさしたとか、そういうことではないのだろう。
そんな見極めができぬほど、マコーネルにも、経験と年季がないわけではない。
身体も潤みきらぬまま、ナナミは「きて」とねだり、準備の整わない場所への侵入に悲鳴を洩らしながらも「やめるな」と言った。
人形めいて曖昧だった表情を、必死の子供めいたものへと変えながら……。
ステイツで、ただ一人の女性オフィサー。
それも相当に凄腕の。
サバサバと物おじせず、逆に相手をたじろがせるほど直截に、男をベッドに誘い。手馴れた愛撫で相手を猛らせる、セックスドール。
だが、マコーネルは、そんなナナミの、また別の面をも目の当たりにした気がしていた。
何と言ったらいいのか。
いじらしいような……そう。
ひどくいじらしい。
ナナミは、いじらしかった。
しかし、いかにナナミに「いじらしく」懇願されたとて、マコーネルにも「潮時」というものは判っていた。
――これ以上続けても、おそらくはもう無駄であろう、という潮時は。
ナナミから身体を離し、マコーネルは手早く服を纏う。
しおらしくも懸命に、ナナミは謝り続けていた。
自らが誘ったことだと責任を感じているのか、口淫すら提案する。
そんな風に、思う必要なんて、まるでないのに。
ナナミを気の毒に思い、マコーネルは心中で嘆息した。
こういう行為っていうのは、互いに互いを求め合う気持ちの上でしか、成り立たない。ごく繊細なものだ。
気が変わることもあるだろう、無理になることもある。
だが、そんなことはいうなれば「お互い様」なのだ。
だから、互いに相手に対して、なにかを引け目を感じる必要なんて、まったくない。
ともかく。
房事の不首尾などありふれたこと。男なら、特にそうだ。
おおっぴらに口にするヤツはいないだろうが、疲れやなにやら、ごくごく些細なことでつまづくなんていうのは、男なら誰しも経験があるはずで。
――そうだ、きっと疲れているはずだ。ナナミは。
ジョシュとナナミのコンビも、かなりやっかいな事件を、つい最近やっと片付け終わったばかりだということを、マコーネルは、はたと思い出した。
その後に続けて、俺たちの手伝いまでさせられているのだ。
疲れていないわけがないだろう。
そして、マコーネルは、ナナミに労わりの言葉を掛ける。
ホテルの方には、予約時にマコーネルの決済番号を送信していたから、自動的に部屋代はそこから引き落とされるはずだということは解っていた。
だから、ベッドの上にナナミを残したまま、マコーネルはそっと部屋をあとにした。
*
週末なら、まだまだ宵の口と言えなくはない時刻だったが、今日はまだ、週も前半の平日。ホテルのバーからも、客は、次第次第に引け始めているようだった。
「地ビールの品ぞろえが自慢」とやらの、ロビーの小洒落たバーで、ひとり飲み直す気分にもなれず、マコーネルは、そそくさとホテルの正面玄関から表へと出ていく。
ナナミを責める気持ちなど、マコーネルの胸の内には、微塵も湧いてこなかった。
今夜、待ち合わせのバーで、ナナミに対してほんのりと抱き始めていた好印象は、その時も依然として変わることはなかった。
否、むしろ、好感の度合いは増していたようにも思えた。
べそをかかんばかりにしょげ返り、詫びの言葉を口にするナナミの様子。
華奢な手足を、きゅっと折り曲げ、シーツの中で丸まっている姿を、可愛らしいとさえ感じたほどだった。
……とは言っても、なあ。
マコーネルが吐き出した溜息が、かすかに白く色づく。
外気は、急に冷え込んでいた。
「まあ、もう無理だよな」
たまに会う相手ってわけじゃなくて、なにせ、互いに、毎日のように顔を合わせる同僚だ。
今晩の顛末は、あまりにも気まずすぎる。
しかも、今抱えている事件の手伝いに入ってもらっているのだから、ただの同僚っていうより、余計に始末が悪い。
これ以上の進展は、到底、望めそうにない気がした。
お互い、今日のことは「なかったこと」にしてやり過ごすしかなさそうだ。
「しかし……」
マコーネルは、またポツリと独りごちる。
まあ、ナナミが「疲れていた」ということは、確かにあるだろう。
だが。
それだけではないかもしれないではないか? 不首尾の原因は。
「相性」というのもあるだろう。
安直だが、ふたりの人間が相対するところには、それは当然あり得ることで、そうなっては、もう致し方ない。いかんともしがたい。
でも。
ナナミからは、俺に対する嫌悪感のようなものは感じ取れなかったのだが。
だがそれは、単に俺の抱き方が「そう不快ではなかった」ということに過ぎないだけということもあり得る。
ナナミにとっては、欲望に火をともすような代物ではなかったとも言えるわけで……。
――つまりは。
下手だった、ということだろうか、やはり。俺が。
行き着いた結論に衝撃を受け、マコーネルは、がっくりと肩を落として足を止めた。
だがすぐに、マコーネルは首を振って歩き出す。
そんなことは、ひとりでいくら考えてとしても、結局、解りはしないのだ。
それこそ、ナナミ本人に「下手だったか?」とでも訊いてみない限りは、解りようもないこと。
あれこれと、勝手に思い巡らせたって仕方がない。
そしてもちろん、それを本人に訊ねて確かめるつもりなんて、俺には微塵もないのだから……。
「なんか、軽く喰って帰るか」
マコーネルが、またつぶやく。
夕食もろくに取っていなかったことを、ふと思い出したのだ。
明日も仕事だ。事件も待っている。
何を喰うかな……と。
そう考えてはみたものの、マコーネルは頭の中に、これといって何一つ、食べてみたいものなど思いつかなかった。
今晩に限ったことではなく、このところずっと、それはそんな調子だった。
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