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私の家から五分ほど歩いたところに、「猫神さま」と呼ばれる神社がある。
住宅街に突然現れる森の中、小さな鳥居と古めかしいお社があるだけのひっそりとした神社。
いつ訪れてもひと気はなく、三匹の野良猫が暮らしている。
どうして「猫神さま」と呼ばれているのかというと、この神社の神さまが猫だという言い伝えがあるからだ。
「お父さんは猫神さまに会ったことがあるんだよ」
小さい頃、私はお父さんからそう聞いた。
「砂羽の心臓の手術が上手くいきますようにって、神さまにお願いした時にね」
私の心臓は生まれた時から少し壊れていて、お医者さんから一歳まで生きられるかどうかわからない、と言われたらしい。何度も入退院を繰り返し、それでも無事に一歳の誕生日を迎え、三歳の時に大きな手術を受けた。もちろん私は覚えていないけれど、それはかなり大変な手術だったそうだ。
何時間もかかる大手術に私の小さな体が耐えられるのかと、両親はとても心配して、お父さんは近所の神社「猫神さま」に祈ったそうだ。
「猫神さまはお父さんの願いを叶えてくれた。砂羽はこんなに元気になっただろう?」
保育園に通えるようになった私は、毎朝必ずお父さんと神社に寄って、一緒に手を合わせた。
「だから猫神さまにはこうやって毎日手を合わせているんだ。砂羽を助けてくれてありがとうございます。これからも砂羽のことを見守っていてくださいってね」
私はお父さんの隣でうなずいて、小さな手を合わせて目を閉じた。
小学校に通うようになっても、中学生になっても、それは毎日の習慣になっていた。
そして今日から私は、高校二年生になる。中学生の頃までは入院したこともあったし、今でもまだ激しい運動は止められているけれど。それでもこうやって毎日学校に通えているのは、やっぱり猫神さまが見守ってくれているからだと思う。
「いってきます」
「いってらっしゃい、砂羽。気をつけてね」
お母さんに見送られ家を出る。住宅街を少し歩くと、小さな鳥居が見えてくる。そこをくぐった途端、周りの風景ががらりと変わる。
高い木々に覆われた森の中。あたりは静まり返り、鳥の鳴き声しか聞こえない。かすかに差し込む朝の日差しはキラキラ光っていて、古いお社までがどこか輝いて見える。
「猫神さま。おはようございます」
私は神さまに挨拶し、手をぱんぱんっと二回叩く。誰もいない朝の境内に、その音が清々しく響く。
「今日も私たちのことを見守っていてください」
お父さんが会ったことがあるという猫神さまに、私は会ったことがない。猫神さまは特別なお願いをする時にしか、私たちの前には現れないそうだ。
「では、いってきます」
境内から出ようとすると、三匹の猫が鳥居の手前で日向ぼっこをしていた。白と黒、それから茶色い色をした、しっぽの長い猫だ。この猫たちはいつ来ても、こんなふうにのんびりとしている。
私はいつものように猫の頭を順番に撫でてから、「またあとでね」と言って、来た時と同じように鳥居をくぐった。
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