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「あ、砂羽! こっちこっち!」
徒歩で学校につくと、桜の花びらが舞う昇降口の前で、桧山亜希ちゃんが手をぶんぶんっと振ってきた。オレンジ色のシュシュのついたポニーテールを揺らし、いつも元気な亜希ちゃんは私の一番の友だちだ。
小学生の頃から時々入院することがあった私は、いつも仲良しグループに入りそこね、教室に戻ってもなんとなく居場所をなくしていた。それに私は、自分から大勢の輪に入っていくのが苦手で、なかなか新しい友だちを作ることができない。
特に元気のいい男の子とは、いまだに上手くしゃべれない。学校を休んでばかりいたために「ずる休みだろ」とからかわれ、嫌な思いをしたことがあるからだ。
そんな私に声をかけてくれたのが、亜希ちゃんだった。小学校高学年の頃だ。
明るく誰とでも仲良くなれる亜希ちゃんには友だちがたくさんいたけど、たまたま席が隣同士になったことがきっかけで、私たちは特別な友だちになれた。
けれど亜希ちゃんは小学校を卒業したあと隣の町に引っ越してしまい、中学校でまた私は一人ぼっち。
そんな亜希ちゃんと高校の入学式で再会した時は、奇跡が起きたかと思った。去年はクラスが違ったし、亜希ちゃんは陸上部で私は帰宅部だけど、それでも私たちは再び仲良くなれたのだ。
「砂羽ー! 私たち、おんなじクラスになれたよー!」
「えっ、ほんとに?」
抱きついてきた亜希ちゃんを受け止めながら、クラス発表された掲示板を見る。たしかに私も亜希ちゃんも同じ二組に名前が書かれてあった。
「うれしい! 亜希ちゃんと一緒で」
「うん! よかったね!」
亜希ちゃんが私の両手を握ってぶんぶんと振ってくる。周りでは私たちと同じように女の子同士の歓声が上がったり、ふざけ合ったりする男の子たちの声が聞こえてくる。
「じゃ、教室行こうか」
「うん」
歩き出す亜希ちゃんのあとをついて行こうとした時、何かが勢いよくぶつかってきた。その拍子に体がよろけ、私は地面に膝をついてしまった。
「あっ、ごめん」
頭の上から声が降る。一瞬何が起きたのかわからなかった。朝の日差しと明るいざわめきの中、コンクリートの上でぼうっとしていた。
「大丈夫! 砂羽!」
亜希ちゃんに声をかけられて、私はやっと理解した。自分が誰かにぶつかって転んでしまったことに。急に恥ずかしい気持ちが湧き上がってくる。
「あ、うん。大丈夫……」
立ち上がろうとした私の前に、誰かが立ちはだかった。
「わっ、そこ! 血が出てる!」
「え……」
「ほんとにごめん! 立てる?」
目の前に差し出されたのは、男の子の大きな手だった。顔を上げると心配そうに私のことを見下ろしている、見知らぬ男の子の顔が見えた。私は慌てて視線をそらす。
「だ、大丈夫です」
そう言って、スカートについた汚れを払いながら立ち上がる。差し出された手には触れないまま。むき出しの膝からはうっすらと赤い血がにじんでいたけど、傷ついた痛みより恥ずかしさの方が勝っていた。
「ちょっと、遠野! あんた砂羽になんてことするのよ!」
立ち上がった私の背中を支えながら、亜希ちゃんが怒った声で言う。遠野と呼ばれた男の子は、気まずそうに私の前から手を引っ込めた。
「いや、俺は圭太に押されて……」
「は? 人のせいにすんなよ、遠野」
私はちらりと声のする方へ視線を向ける。遠野くんという人は知らないけれど、圭太と呼ばれた人は知っている。去年同じクラスだった岸本圭太くん。黒くて短い髪をつんつんと立てていて、いつもジャージを着ていて、声がすごく大きい人。たしか亜希ちゃんと同じ陸上部だ。
「圭太も遠野も同罪! ちゃんと砂羽に謝りな!」
「えー、俺もかよ」
「そうだぞ。圭太も謝れ」
「遠野! あんたが言うな」
三人がもめ始めたので、私は慌てて口を挟んだ。
「わ、私は本当に大丈夫だから」
「でも砂羽、膝ケガしてるよ」
「平気だよ、このくらい。もう教室行こ」
そう言って亜希ちゃんの腕を引っ張った時、また私の前に何かが差し出された。
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