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「これ、よかったら使って?」
目の前に見える、絆創膏を持った細い指。視線を上げると知らない女の人が、私に向かって微笑んでいる。
さらさらとした長い黒髪に、大きな瞳。三年生だろうか。すごく大人っぽくて、綺麗な人だと思った。チビでいつも年齢より下に見られる私とは大違いだ。
「あ、ありがとうございます」
戸惑いながらも、私はそれを受け取った。女の人は優しい声で「どういたしまして」と言ったあと、亜希ちゃんにも笑いかける。
「じゃあ、放課後にね、亜希ちゃん」
「はいっ、美織先輩っ」
スラリと背の高い女の人が、私たちに背中を向けて去っていく。私は絆創膏を持ったまま、気をつけの姿勢で立っている亜希ちゃんの制服を引っ張った。
「今の人……知ってるの?」
「うん、陸上部の河合美織さんだよ。すっごく素敵な人でしょう?」
亜希ちゃんが目をキラキラさせて私に言う。
たしかに素敵な人だった。美人でモデルさんみたいにスタイルもよくて、話し方が優しくて、さりげなく絆創膏を差し出してくれるところがスマートでカッコいい。
「陸上部みんなの、憧れの先輩なんだぁ」
わかる。初めて会った私でも、憧れてしまいそう。
「けど、美織先輩の彼氏がねぇ……」
亜希ちゃんが視線を男の子たちに移す。私もそんな亜希ちゃんの視線をつい追いかける。
「なんだよ、俺が彼氏じゃ悪いかよ」
さっき私にぶつかった遠野くんが、ふてくされた顔でそう言った。
え、彼氏? 遠野くんとあの綺麗な先輩、付き合ってるの?
「悪い悪い。遠野と美織先輩じゃ不釣り合いだって!」
横から口を出してきた岸本くんが、遠野くんの肩にがしっと手を回してくる。
「そうそう。不釣り合い! 私たちの美織先輩を返してよね!」
「は? うるせぇよ、お前ら」
「てか、まさか遠野も二組じゃないでしょうね?」
「悪かったな。二組で」
「えー、またあんたと一緒?」
「あ、俺も二組! もしかして重森さんも?」
岸本くんが急に声をかけてきて、私はちょっと焦ってしまった。それに私の名前を岸本くんが覚えていてくれたことにも驚いた。
私は一年の時、岸本くんとあんまり話したことがない。というか、私は男の子とほとんどしゃべったことなどない。たぶんあのクラスで、私は空気のように薄い存在だったと思う。
「う、うん」
「よろしくなー、重森さん!」
岸本くんが明るい声で言う。
「あ、まさか圭太、砂羽のこと狙ってるんじゃないでしょうね? ダメだよ、砂羽はあんたみたいな騒がしいやつには渡さないから」
「は? なんだそれ、お前だって騒がしいだろ!」
亜希ちゃんは陸上部の男の子たちとはもちろん、他の部の男の子とでも平気で冗談を言い合ったりできて、私はいつもすごいなと思う。
そっと視線を動かすと、私を見ている遠野くんと目が合った。私はこくんと息をのむ。
遠野くんの髪は茶色くて、すごく柔らかそうだ。朝の日差しが当たってキラキラしている。
「重森さんっていうの?」
そんな遠野くんが私に言った。よく見ると、けっこう女の子にモテそうな甘い顔立ちをしている。
「うん……重森砂羽……です」
なんとなく自己紹介してしまったら、遠野くんが嬉しそうに笑って言った。
「俺、遠野柚流。よろしく」
「よろしく……お願いします」
私の言葉に、遠野くんがまた笑う。その笑顔がまぶしくて、私はそっと足元に視線を落とした。
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