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「砂羽? おーい、砂羽ぁ」  亜希ちゃんの声にはっと気づく。放課後のざわめく教室の中、後ろのほうに向けていた視線を、目の前に立っている亜希ちゃんに移す。 「あ、亜希ちゃん」 「砂羽、今日なんかおかしくない?」 「え、別におかしくないけど?」  亜希ちゃんは、私が見ていた方向へ目を向ける。教室の隅からは、男の子たちの笑い声が聞こえてくる。 「もしかして砂羽……遠野のこと見てた?」 「え……」  亜希ちゃんが首をかしげるようにして、私の顔をのぞき込む。私はちょっと困ってしまった。  たしかに今、私は遠野くんを見ていた。昨日元気がなかった遠野くんのことが気になって、朝から様子をうかがっていたのだ。  だけど今日の遠野くんはずっとご機嫌だった。美織先輩の風邪が治って登校できたらしい。仲直りもしたのかな。いつもの遠野くんに戻ってよかった。  でもそんなことを亜希ちゃんに言ったら「遠野のことなんかほっときなよ」って言われそう。 「なんでもないよ。それよりこのあとどうする?」  今日は陸上部がお休みの日だ。私はてっきり亜希ちゃんと行動できるのだと思ってそう聞いた。 「ごめん! 砂羽!」  だけど亜希ちゃんは、いきなり私の前で頭を下げた。 「今日は一緒にいられない。ほんとごめん!」 「え、何か用事があるなら別に……」  そこまで言いかけて口を閉じる。教室の中をぐるりと見回すと、ドアのところに岸本くんが立っていた。 「おーい、亜希。早くしろよ」  ああ、そうか。亜希ちゃんは岸本くんと出かけるんだ。だって二人は付き合っているんだし。 「岸本くんとどこか行くんだね?」  私が言うと、亜希ちゃんは両手をぱちんと鼻の前で合わせた。 「うん。ほんとごめん砂羽!」 「どうして謝るの? 別に私と約束してたわけでもないし」 「だって部活が休みの日しか砂羽と遊べないのに」  亜希ちゃんが困ったような顔をする。私はそんな亜希ちゃんの背中をそっと押す。 「私のことは気にしないでいいから。ほら、早く行きなよ。岸本くん、待ってる」 「うん……」  私に振り向いた亜希ちゃんが、遠慮がちに笑う。私はそんな亜希ちゃんに笑顔で手を振る。 「じゃあまたね、亜希ちゃん」 「うん、またね」  亜希ちゃんも私に手を振ると、制服のスカートをひるがえし、岸本くんのもとへ駆け寄っていった。 「じゃあなー、砂羽ちゃん!」  それを見ていた岸本くんも、私にそう言って手を振る。私が手を振り返すと、岸本くんと亜希ちゃんは何か話しながら教室から出て行った。  私は誰にも気づかれないよう、小さく息を吐く。友だちに彼氏ができるって、こういうことなんだ。  うらやましいとも、寂しいとも違う。友だちが幸せになるのは素直に嬉しい。ただちょっとだけ、何かが欠けてしまったような気がする。  一人で帰る支度をし、席を立つ。さっきまで騒いでいた男の子たちは、いつの間にかいなくなっている。遠野くんの姿も、もうそこになかった。
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