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学校から家に帰るなり、酒で顔を赤くした父親にいつもの小部屋に放り込まれた。
階段の上、小窓とテレビしかない二階の部屋だ。
無抵抗のまま縄で縛られ、足がつかないよう吊るされる。
父は僕の顔近くで酒臭い息をいっぱいに吐きながら、ものすごい剣幕で怒鳴りたてた。
「ニュースを見てみろ!」
父の太い指が指し示すテレビの中では、日常の一コマであるかのように事故や事件のニュースが流れていた。
「これは何のニュースだ」
「……殺人事件」
チャンネルを変え「これは」と別のニュースを指して同じ問いをする。
「海外の、紛争」
感情を乗せないように努めたが、頭を引っぱたかれて反射的に父を睨んでしまった。父の怒りが増した。
「反抗的な態度を取るな! お前の悪い心根が世の中を平和から遠ざけるんだ!」
怒鳴り声と共に汚い唾が飛んできた。
――うるさい。耳を塞ぎたかったが手は縄に縛りこまれている。代わりに目を強く瞑った。
もういつの頃からだったか、父は悪いニュースを見つけてはそれを理由に僕に暴力を振るった。世界が平和にならないのは僕のせいだと憂さ晴らしの種にする。
そんなこと、僕にはまるで無関係だというのに。
「今日も人が死んだんだぞ! 争いがなくならないはお前のせいだ!」
そうして僕をサンドバッグのように殴りつけてくる。僕は心を無にして謝罪を唱えながら、早く追われと時間の過ぎるのを待っている。
いつまで経っても流れ続けるニュースは悪いものばかりで、鬱憤の溜まっている父は「これもお前のせいだ」「あの事件もお前が悪いんだ」と言って僕を責めた。終いにはぜぇぜぇと肩で息をして憎々しく、けれど何処か消沈したように呻いた。
「俺はこんなに頑張ってるのに、お前の心持ちが良くないせいで台無しだ……!」
どんな仕事をしているのだかもよく知らない。その仕事の憂さを僕にぶつけるばかりだ。
父は最後に蹴りを僕に入れると、それで疲れ果てて眠った。
交通事故、内乱、殺人、裏切り、等々、等々……見飽きるほどに毎日見せられる世界の悲劇。
自由を求めて戦う民衆。拳を振り上げ起こす反乱。……親が子供を殺したり、子供が親を殺したり。
――ある頃を境に、成長する子供は親の力を超えてそれまでの関係を覆すものだと学んでいた。
僕は小さなナイフをポケットから出すと、僕の縛めとなっている縄を切る。テレビの裏に隠しておいた大きめのナイフを手に取って、贅肉だらけの体を前に立ち尽くす。
ああーー今こそ逆転の時なのだと知る。
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