《第三章 目指す北進》

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 一行の目の先に、走る者、馬やロバに荷を乗せるもの馬車に乗る者など百から二百ほど前方から現れた。 「劉仁殿、あれは敵ではなく月氏の民かと。助けましょう!」  前方から来るのは、小月氏族の民であり、劉仁軍は彼らを保護しながら、先にいる敵へと進軍した。敵が見える位置まで来たとき、羌族の将が叫んだ。 「あ…あれは、羯です!なぜ、ここに…」  羯とは、幽州近く南匈奴と鮮卑の間辺りに住む、それほど大きくはない集合部族であるが、荒々しい性格と豪胆な武がある集団である。羯は周という軍旗を掲げ、騎馬で蹂躙していた。その後ろに、大軍で、鮮卑の旗も見える。 「鮮卑と手を結んだか…とにかく、この領地から追い出すぞ!」  素早く先陣をきったのは、斉万年、周胤と関統の猛将、続くは劉仁義兄弟であった。諸葛果と郭蘭は後陣にて民たちを誘導して退路をつくった。姚民や呂角、王濬は諸葛質と後方支援の待機とし、戦いの先を見ていた。羯族の兵は、一人一人が猛者であり、大斧や棍棒を使い力技で潰してくる。先方の斉万年と蒲華の氐将は、素早い動きで間を抜き、急所を切りつけるよう進み、進路を開いた。関統や周胤は力で押してくる敵兵をうまくかわし、こちらも力で潰していく。北の崖の上から、敵兵が現れ、弓で応戦してきた。その後、退路の林の中から敵兵が現れた。 「むむっ!敵め、そんな戦法を。これは、羯族だけの仕業ではないな…」  周胤が危険を察知し、全軍に声をかけ撤退を合図した。李特と猛優が守備を援護し、引きながら軍を戦わせた。劉仁、関望、張緯の前に、林から出てきた伏兵の将が現れ、突撃してきた。 「お前らは、晋の将だな!我が祖先の国を奪い、三公である一族を辱めに合わせた賊臣ども、この袁昂ここで己らの首を切って晒してやる!」  突如現れた部隊は、統率がとれ、兵士の守りも鉄壁だった。武器一つ一つが、精巧にできている。 「異民族にしては、荒々しさはなく、兵卒の訓練も行き届いている…」 この部隊は、羯ではない、漢民の兵だと悟った劉仁だったが、攻撃に圧されて後退した。 「仕方ない、酒泉の城まで逃げるぞ!」  うまく、逃亡した民を進ませながら、酒泉城まで退いた。しかし、若羅抜能(ジャクラバノウ)率いる鮮卑族に城も攻め込まれている状況であり、数十騎で、千人の兵を相手にしている将軍がいた。将軍は四人、万武不当の猛者であり、酒泉城に入らせまいと城門入口で奮闘していた。 「加勢するぞ!」  劉仁の一言で、素早い蒲華と斉万年は相手に飛び掛かった。張緯と関望は、力で押していく。孟優は、弓で後方の将を狙い、矢を放った。馬謹も孟優の弓攻撃を手伝った。関統が、将軍に近づき声をかけたが、その人物を見て狼狽えた。 「め、目が青い!髪が金色だ…」 「関統殿!どうなされた?」 「あの者たちを見よ、四人のうち、二人は、目と髪の色が違うではないか。一人は真っ黒だ。人なのか?」  李特が関統の目の先を見て驚いた。手に持っている武器さえ、刃の太い剣、剣先が鋭く細い剣や、柄から、円錐状に伸びる槍など見たことも無い武器を使っている。不可思議な顔をしていると、諸葛質が近づいて答えた。 「あの者たちは、月氏より遥か西、大秦国(ローマ帝国)等、異国の人種です。我々より、一人ひとり体は大きく、力も強い。肌は白く、目が青く髪が金髪だと聞いたことがあります」 「ほぉ…これは、驚いた…」 「驚いている場合ではありません、彼らはもしかしたら、大いなる力になるかもしれません。加勢しますよ!」  こちらの応戦に、奇襲をかけた追っ手の兵も圧され気味となった。敵軍はほどなくして退却をし、劉仁軍が場内に入ると、後方からの敵本陣も一時退却した。酒泉城で戦っていた将軍の一人は漢民の者のようで、かなりの深手を負っていた。 「この度はありがとうございます。我が、血縁でもある豪傑の将李雍(りよう)が、遠征に行っておった矢先であり、通りすがりの皆さまに世話になりました…」  領主の李栄という者が、挨拶をし、劉仁達をもてなした。諸葛質が、領主に話しかけた。 「領主殿、こちら、異国のお三方は、なぜこちらに?」 「この方たちは、遥か西からの傭兵商人で、万里の長城を長く移動し、この地においで下さった方です。珍しい物を売買し、時には、戦に参加するという、流れ者だと言っております」  まず、劉仁が、二人に話しかけた。 「お二方、ここに感謝いたします。この度の戦いは、素晴らしいものでありました」  異国の者は、困った表情をし、 「アー… %&@*+… #$#?」  手を動かしながら、何かを伝えようとしていた。 「何を言ってるのかがわからない…」 劉仁も、困った様子であったが、細長の剣を使っている者が笑いながら話した。 「すまない。我々は、遠く西からの異国の流れ者、私は、亜杷畄(アベル)、こちらは泰覧(タイラン)という者だ。泰覧は、あまり漢民の言葉がわからない」  二人は、劉仁や他の将と握手をし、仲間意識をお互いに感じていた。  次に、肌が、真っ黒い人物が語りかけた。 「俺ハ、安厘(アンリ)。彼ラノ土地ヨリ、海ヲ越エテモット南ノ一年中灼熱ノ地カラ来タ」  安厘は、顔を雲らせ、 「ボクハ、奴隷。マダ十五歳ダ。遠ク逃ゲテキテ、ココニイル」 「そうでしたか。しかし、素晴らしい戦いぶり、感激しました」  劉仁が丁寧に頭を下げ、関統が、寂しそうに、安厘の背中を擦った。  周胤が、亜杷畄の剣を珍しそうに見て、それは何だと言い、 「これは、レイピア(細長く突くことに特化した剣)。持ってきていて良かった。我ら大秦国は、こっちの剣があっている。役に立ったようだ。泰覧は、グラディエーター(剣闘士)なので、大斧使いで戦いには慣れているぜ」  泰覧は、大斧を叩いて、自分を鼓舞した。 「しかし、我々と戦っていた小月氏の将軍は、どうだ?」 「あの者は万武不当の猛者であったが、不意打ちを食らった。名も無き英雄だったが、危篤状態だ」  諸葛質と諸葛果、蒲華が治療に当たったが、その者は、回復に至らなかった。 「なんと、悲しきかな。この者がいなければ、この城は、鮮卑の手に落とされていよう。この者は、その昔、蜀からきたと話しておった。名だたる武将だったのではないか…」  劉仁や関望、張緯は顔を見合わせ、見たことがある者かどうかを確認した。被ってある頭巾を取り、将の銀色に纏った髪と髭をかき分け、顔を見えるようにした。関望が、 「張緯、お前にそっくりではないか?」 「…。まさか、父上!そんな…」  懐には、一通の紙があり、家族や残した子供についてのことが書いてあった。 《我が名は張遵。蜀の五虎大将張飛の孫、張苞の子である。我は、魏の進行を綿竹で防いだが及ばず。瀕死の状態で部下と月氏へ落ち延びた。国滅び、帰るところもなく、彼らの世話になり、他の部族との攻防を防ぐ傭兵としておいてもらった。息子よ、生きているならば、一目会いたいと思っている。そして、先祖より代々伝わる蛇矛を渡したい…》 「父上!」  張緯が声をかけると、目を開き、手を伸ばし張緯の顔を撫で、小さく、息子よ…とかすかに言った。その手を動かし、立てかけてある蛇矛に指をさし、軽くうなずいたかと思うと、力尽きた。張緯は慟哭し、周りの皆も泣いた。彼の武器である、蛇矛は張緯に託された。  張遵は、諸葛質の父、諸葛瞻と一緒に戦い蜀を守ろうとした万武不当の猛将であり、忠義の者であった。彼を皆で埋葬し、張緯に後を託した。
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