《第二章 義兄弟の契り桃園の誓い》

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 その朝、猛虬に集められ、劉仁、関望、張緯の三人は宴席の前に座らされた。 「劉仁殿、そして、関羽将軍の孫関望、張飛将軍の孫張緯。先の初陣では、皆の戦いぶりは素晴らしいものだった…」 関統が口火を切った。続くように猛虬が、 「若き猛者は十代と言えど、立派な武将の働き、まさに勇者であった。それぞれの先代である、劉備、関羽、張飛の伝説を思い起こさせるもの、いや、受け継ぐ者たちだ」 諸葛果が、巫女の舞衣装で降りてきて、ゆっくりと語っていく。 「かつて、蜀漢を創った先代達三人は、桃園で同年、同月、同日に死せん事を願わんと誓いを結んだとされる。そう、今こそ誓いの舞を天に掲げよう…」 初春、南蛮の国で、他所よりも早く桃の花が咲き乱れる中、諸葛果は祈祷台に登り、舞を披露する。盃に酒を酌み、三人は、 「我ら三人、生まれし日、時は違えども兄弟の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同年、同月、同日に死せん事を願わん!」 声を高らかに、誓いを立てた。諸葛果の舞の剣を天に掲げると、天が光を放ち、虹色の輝きで一面を覆い、強い風が吹き、龍の雲が昇った。これは、天下に名を馳せる兆候だと、そこにいる誰しもが感じていた。 この時、関望が十七歳、張緯が十五歳、劉仁は、十四歳。義兄弟の契りを交わし、主君である劉仁が長兄とし、関望、張緯と義弟とした。 晋の将軍、石苞・陳騫が蜀攻めの軍功により役職を封じられることとなったため、洛陽に帰ることとなった。益州刺史に封じられた王濬に南蛮国との攻防を任せることとなった。 「しかし、南蛮国は蜀の属国であったが、なぜ、あの軍事力を保持しているのか…。そして、あの一糸乱れぬ部隊。これほど不気味なものはない…王濬よ、用心しておくのだ」 「はっ。元蜀に仕えていた者で、永安に羅憲という人物がおります。彼は、その現状に詳しいはず。その者と図り対処します」 王濬は、しばらくして城主羅憲と面会するために、永安城に赴くこととした。 ひと月ほど月日が流れ、南蛮国と晋国は睨み合いを続けていた。王濬は、南蛮軍のことを詳しく知るため、永安に出向いた。王濬の部下がなぜに、羅憲に会うのか尋ねると、 「羅憲は、元蜀の将軍で、永安城主であった。蜀滅亡の際、降伏を唱えられた後も必死で魏兵から城を守り、その後、蜀が負けたという伝令が広まった後、呉が攻めてきた際にも城を死守した忠義の者であるのだ。その羅憲、蜀の重臣との交流も厚く蜀の事情に詳しいと思うのだ」 永安城に到着し、王濬は、番兵に、 「羅憲殿に面会したく、中央から参った王濬でござる。殿は、おいでであるか?」 番兵が家来に話しかけてしばらく城外で待っていると、羅憲が城内から出てきた。その後ろから、大柄な男も付いてきた。王濬は、その男を見て、目を見張った。 「よ、羊祜都督!なぜここに。貴殿は、襄陽で呉と睨み合っているはずでは…」 「王濬殿、久しく。本来ならば、荊州にて、陸抗軍の防衛をしているはずであったが、石苞大将軍から、妙なことを聞き、早馬で駆けつけて来たところだ」 羊祜は、荊州都督であり、知略・武略に優れた名将で名実ともに晋国随一の将と、名を馳せている強者であった。呉の皇帝孫皓の悪政により、睨み合いの最中でも羊祜のいる軍に、投降してくる呉将がいるほどである。王濬は、何ゆえに、永安に来たのかを問うと、南蛮国との小競り合いのことを、羊祜も不思議に感じ、羅憲に事情を話し、協力を仰いでいるところだという。 偶然にも、両将の意見が合致しているところだったため、羅憲も両将軍の機転の利く様に驚いていた。羅憲は、 「南蛮軍は古来より、武勇に優れ、兵卒でも強力であります。しかし、知略を図ることには長けておらず、石苞・陳騫将軍の大軍で敗れることは、少しばかり不可思議なのです。 お二人とも、感じておられる通り」 「羅憲殿、儂もこの目で確かに見たのだが、熟練された兵法と、動き。そして、若き将軍たちの精鋭ぶり。あれは、南蛮軍ではないと思っているが、違うか?」 王濬が、戦場で見たことを語りだすと、羊祜も、頷きながら、 「南蛮の猛虬王、弟の猛優ともに、万武不当の男。しかし、それだけではない、漢の者がいる。それも類い稀な天下に轟くほどの知略と武勇、まるで、百万の矛と弓を得たようなものと言ってもいいだろう…」 と、羅憲に向かって話し、 「その軍の者たちと、会えぬものか?」 「な…何を申すかと思えば、羊都督!相手は、我々を、国を潰された宿敵と思っている輩ですぞ!みすみす死にに行くようなものです!」 羅憲は、度肝を抜かれ、冷や汗をかきながら強く羊祜に訴えた。羊祜は、笑みを浮かべながら、 「羅憲殿は、面識もあり忠義の将と知られている。猛虬王とて殺さないだろう。この役目、買ってくれぬか?」 羅憲は、驚いた顔をしたが、しばらくして大声で笑いだし、よかろう、と答えた。
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