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羅憲と王濬が合流しているその頃、南蛮には二人の者が身を寄せていた。劉仁、他武将たちと面会し、
「ようやく戻りました、劉仁殿。いや、主君、初にお目にかかります。果の兄、諸葛質です。先日まで、呉に行っておりまして、彼を登用した次第であります」
周胤を指し、この老将が、呉の都督周瑜の次男であることを説明した。牢獄され長く才を発揮することが無かったが、今ようやく、出魯されたと意気揚々であった。唯一の長男とは生き別れ、不明となったという。異民族の呼応に向かっていた張紹と廖詩も帰国し、案内人を連れ、氐や羌の部族長と話し合ってきたとの報告であった。郭蘭と、李特という若者は互いに挨拶をし、今後の戦略を相談した。関索が先日の廖化の書簡について聞こうとした。郭蘭は、
「五つの民とは、氐・羌・匈奴・鮮卑・羯の中華を取り巻く大きな異民族を指し、特に蜀と交流があった、氐と羌には廖化殿がよく貢物や支援をしていたようです。もしかしたら、何かわかるかも知れますまい。異民族の国に行くときには、私も、同行いたします」
張紹が李特を従え、
「蜀と交流を持ち、魏と戦った部族である、巴氐族の若者である。彼は、趙子龍の子らが訓練をしたといわれている槍使いの名人だ。 今後も、協力を頼む」
「李特です。蜀漢に祖父の時代から従軍しておりましたが、この度は残念であります。
しかし、今後は、劉仁殿を中心とし、道案内と将として戦いますのでよろしくお願いします。 まずは、西方面の国、氐へ入りましょう」
皆、新たな仲間に喜んだ。諸葛質が、
「ここ最近の空の星の動きが活発で、光り輝く星が頭上にあります。これは、天下が平定される前触れ、一度は戦が収まるやもしれません」
関索と張紹が口を開き、
「つまりは、今後、乱世の時代が終わるということかな。漢の時代は潰えたか」
「そうなる可能性はあるとしか言えません。晋が強大すぎて、今、太刀打ちはできません。しかし、何かが起こる、そんな気がします…」
その時、家来の早馬が、彼らの前に来るなり、
「申し上げます! 晋より使者が参っております。その使者は、ただならぬ者と思われます…」
一同唖然とした表情であったが、諸葛質がおもむろに猛虬に、
「お通させください、これは、何か事態の変化がありそうです」
と、話した。猛虬は、諸葛質には信頼も厚く二つ返事で可と答えた。
護衛された晋の将らしき者が三人。初め、一人が城門から入り、二人が後に続く。先の一人が、猛虬初め、皆の前に進み、馬から降りて顔を見せた。張紹は、驚き声を出した。
「羅憲殿!まさか、生きて会えるとは思わなかった。貴殿の働きは天下を轟かせた…しかし、何上、ここに?そして、その御二方は?」
「おお、張紹殿ですか、お久しゅう。こんなところで会えるとは光栄で…いや、こちらは、益州刺史王濬殿、荊州都督羊祜将軍です。私の切なる願い、お目通りを賜りたく…」
南蛮軍は、敵将がこちらの本陣に出向くなどあり得ないと、度肝を抜かれた形で、皆、言葉を失った。
南蛮軍本拠地に、晋の将軍が来た。猛虬は、虎の玉座に座りながら羊祜に対して、敵意をむき出しに大声で怒鳴った。
「おい!この国に、蜀皇帝を蔑にする国の将を迎える筋合いはねぇぜ!」
今すぐ、戟で斬りつけようかというところ、諸葛質に止められた。一同も騒然となり、緊迫した空気が流れる。羅憲が空気を一変させ皆を落ち着かせようと、
「まぁ、皆の者、今日は戦いに来たわけではない、国と国の話し合いに来たわけでもない。ただ、昔のよしみとお互いを知るために、酒を交わしに来ただけだ、さぁ」
馬の背から、酒を取り出し、器にあけ、ぐいっと飲み干した。警戒しながらも、皆、一様に酒を交わし始める。
「張紹殿、こうして、死地を超えまた再開できるということは、何んとも縁がありますな」
羅憲が機嫌を取ろうとしたが、南蛮国の者たちは、緊張の塊であった。壁を壊すように、周胤が口を開き、王濬に話しかける。
「今日のこの来訪は、どんな目的でやって来たのか、真意のほどはどうなのじゃ?」
「老将、なかなか、真を突く。そう、我々は、先の戦で、南蛮軍のあまりの気持ちの悪い強さに不思議な感覚を覚えた。南蛮族は、本来武は長けているが、略には乏しく、兵卒がここまで整うことはなかったはず。これは、南蛮だけの力ではない、とな」
皆、口を開かず、重い空気が流れたが、長紹が、
「王濬殿、ここで話すのもはばかれるが、我々は、蜀の残党。こうして、過去は、同盟国とした南蛮に身を寄せておる。わしは、もう長くないが、ここにいる若き勇者達は、まだ、将来があろう。決して、晋の攻撃で潰してくれるな」
関索が続いて
「魏・呉・蜀の三国で争っていた時代、我らにも、伝説となる祖がおり、歴史に残る戦いがあった。今では、夢物語じゃ。このままいけば、ほどなく、呉も平定されるじゃろう。 しかし、民衆の平和は訪れるのか…」
羊祜は、老将の言葉を聞きながら、
「我も、和平を思う民の一人。蜀は滅び、呉も、陸抗が応戦しておるが、彼がいなければ今頃は、晋に落とされていよう。晋国の中華統一が、全て完璧かというわけではない。しかし、同族同士の国家間争いが無くなる」
劉仁は、羊祜の言葉を聞き、心なしか敵将ながら光を感じた。劉仁が、言葉を発した。
「皇帝司馬炎は、呉を平定したら、中華統一し、民の平和を約束できるに値する人物か?」
王濬は、その劉仁の言葉に何も言えなかった。晋は、司馬一族の独占と専横が蔓延っており、衛瓘や楊駿などの重臣と外戚が実権を握りながらも争い、横暴な政策を繰り広げている。何が民のためなのか、将たる本人も、わからずにいるのである。蜀の重臣であった張紹が、
「儂は、国を失い、役職を失った。何のための、漢の民の争いなのか、実のところ、儂も分からん。誰のために戦ったのか、戦争というものが何の益になるかどうでも良いようになってくる。不思議なもんじゃ。とにかく、今は、目の前にある、家族同様に寝食を共にしている仲間のために働く。それだけじゃ…」
「今仕える国が違えど、その心、私も同じ」
羅憲も、もとは蜀のために命を捨ててまで、城を守り、義のために血を流した。それは、家族のため、そして、仲間のためである。
羊祜は、猛虬に
「貴殿の大敵であった魏は、もう滅びた。小部族で、大国を相手にし命を粗末にするよりも、目の前にいる者の和平を考えることが先決ではないか?王よ!その力を貸してくれまいか?」
「羊祜将軍、その話を呑んだ場合、我々、南蛮や羌、氐、匈奴などの部族に対し、どういった処遇をしてくれるのだ?」
「今、呉討伐の準備、そして、北の鮮卑が大軍を集めており、攻めてきている。その討伐に、傭兵を集めているところだ。仲間に加担してくれるならば、それ相応の代償と平和を約束しよう」
劉仁は、
「追従すれば官軍、断れば逆賊って意味ですね…」
羊祜は頷く。
「童よ、なかなか頭の良いやつだ。そう、断れば、また大軍を連れ押し寄せるのみ。しかし、この度のお主の戦い、ただならぬ未来を感じる。どうだ、我が、一部隊として、動いてみぬか?」
張緯が、怒りにまかせ、
「ほざくなっ!」
と、晋の将に襲いかかろうとした時、周胤が、張緯の勢いを止めた。
(この、周胤という爺さん、俺を片腕で止めやがった…)
合わせて諸葛質が、張緯の前に出て、劉仁を指さし、羊祜に訴えかけた。
「我らは、蜀の重臣の末裔、そして、こちらは皇帝劉禅の孫劉仁である。もう、宿敵であった魏は滅び、蜀再建の夢も叶わずにいる。 その話は、我が主、劉仁殿の一存に任せよう」
劉仁は、戸惑った。張紹が、脇から支えるように話した。
「我々は、劉の旗に着いて行くだけです。行きましょう、これからの進むべき道は、どこから始まるかわかりませぬ。いざ、中華の中心へ!」
劉仁は、震える手を握りしめ、頷いた。
「劉備玄徳の血筋は、血の流れない中華と周辺の国と、万民の平和を求む!それを約束してくれるのであれば、この剣、羊祜殿に預けよう!」
羊祜将軍との出会いは、その後の劉仁達の行く末を決めることとなる。激動の歴史の中に彼らは進むのであった。
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