《第三章 目指す北進》

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《第三章 目指す北進》

 西方への遠征の時、猛虬は、国を捨てていくわけにもいかないと言うが、代わりに、弟の猛優の派遣を許してくれた。高齢である、張紹と関索は南蛮国に残り、劉仁軍は、王濬と同行し軍備を整え、異民族の兵を集めた後、荊州で羊祜ら晋軍と落ち合うこととした。  張紹の計らいにより、異民族と合流するため、李特と郭蘭の配下数人を使者として先陣し出発した。李特は、出生が巴氐族で背が高く勇壮な姿であった。巴氐とは、元々は氐族の一族であり漢に協力していたため、漢民と混同して蜀に住んでいた歴史がある。  王濬と劉仁軍は、西の地、氐に入った。氐族は、茶色い髪に黒い目。浅黒い肌で、山間部に住む力も強く体も大きい騎馬隊が名を馳せている。 「ここを越えると氐族の集落です。彼らは、遊牧民、居住する土地を変え、羊や馬を飼い、狩猟を主として生活しています」  李特が案内した氐族の地は、山間部でありながらも、広大な牧草地や岩肌に包まれた広い土地である。王濬は、 「だいぶ西に来たな…」  と、疲労感を隠しきれずにいた。劉仁義兄弟や、関統、猛優、周胤らも空腹と疲労で行軍は遅くなっていった。 「ここから先、氐族の中でも兵隊も多く力が強いと言われる、蒲部族の集落があります」  と、郭蘭が言うと、山を下った辺りから、集落が見えた。まず、郭蘭と李特が先に使者として向かった。  氐族の兵百騎ほど近くの平野に進んできた。劉仁軍誰もが、万武不当の武人を想像していた。郭蘭が、一人の若者を連れて来た。 「この者が氐族の首領、蒲華王です」 目の前に進んできた者は、それほど身長も高くなく、やせ形で、非力にも見えた。 「小さいからと言って、侮ると痛い目にあうぞ」  氐賊の王が、全身を衣で纏い見えないが、目が合うなり言った。  劉仁が、毅然と挨拶をすると、 「む?こんな童がお前たち軍の主か?」  と、氐の王も劉仁を侮ったように言った。  その声を聴き、一同目を疑ったが、顔の衣を取ると、なんと女の首領である。 「こ、この者が!首領と?」  猛優が、王を侮り、武勇を見せつけるかのように 「女に族長が務まるのか?俺の長刀で、族一つ簡単に蹴散らせるんじゃねぇか?」  からかい笑いを浮かべたその顔に、一瞬風が吹き、兜の羽がはらりと落ちた。一閃が全く見えず、懐に飛び込んで来たのも分からないくらいの速さであった。猛優は、馬からどっと落ち、目を見開いたまま驚きを隠せずにいた。 「漢の者たちよ、改めて。名は、蒲華(ふか)。我が部族、国を侵しに来たのならば、今、その首を斬って捨ててしんぜよう」  蒲華の手に持つ、丸く湾曲した刀は、独特な形であるが、その腕も素晴らしいものであった。関望が猛優を起こし、長刀で蒲華に一騎打ちを挑もうとした。 「素晴らしい腕の持ち主、若くして首領となるも理解できる。この関望、一合わせ願う」  果敢に長刀を振りかざし、攻撃すると、蒲華は身軽に避け、関望の懐へ入り、首目がけて刀を切りつけた。関望は、長刀を返し、間一髪避けた。関望も、素早い長刀さばきで押し上げる。数号打ち合い、間合いが長い分、関望が優勢になってきた時、氐族軍から、青年が蒲華の助けに飛び込んで来た。大刀を関望目がけ、振りかざすと、長刀で受け止めた。しかし、青年の力も強く、関望が防戦となった。張緯が参戦し、 「若造!これでも食らえっ!」  矛を突くと、ひらりと交わし、張緯に応戦した。身のこなしの速さも人離れした青年であった。関望と張緯の二人がかりのため、青年も疲労し、大刀を弾かれてしまった。 「これまで!やめておけ」  周胤が一括すると、劉仁が蒲華の前に跪き 「我が、義兄弟が無礼をお許しください。我々は、戦いに来たのではありません」  蒲華は、にこやかに話し、 「わかっておる、その武人には殺意が感じられない。しかし、うちの斉万年に負けない力を持っている二人には、感激した」 「私は劉仁。蜀漢二代目皇帝劉禅の孫。その義兄弟なる二人も、蜀の五虎将軍の孫にあたる者。しかしながら、我らは、敗戦の将で国を追われ、今は、流浪の身であり兵卒という身であります」 「何?蜀の皇帝の血筋だと?」  斉万年も、驚き、言葉を失ったようであったが、蒲華が劉仁に跪き訴えた。そこで、郭蘭が、口を挟み、 「劉仁殿、ここにいる斉万年は、蜀の将軍の子です。追手から身を隠すため、名を変え氐族に匿っておりました」  諸葛質は、始めからその風貌が異民族ではなく、漢民族だと思っており、その父はと問いただした。斉万年は、 「我が父は、姜維。蜀に尽くした将軍です」  王濬も驚いた顔で、まさかここで魏に最後まで抵抗した将の子がいるのかと驚いた様子であった。劉仁も姜維の戦いについて知っており、斉万年の手を取り、涙した。   姜維は、廖化に蜀滅亡の前、氐に子供を送り、死地へと向かったそうだ。本人も、もう魏に太刀打ちはできないと悟っていたが、子だけは助かるかもしれないと、異民族でも密接に関係していた氐へ送られたと斉万年は話した。 「斉万年の本名は、なんというのだ?」  周胤が問うと、 「我は、姜明。しかし、もう、氐族の武将、斉万年として生きたのだ」  その右手に持った剣は、刃に傷があった。姜維が、蜀滅亡の報告を剣閣で聞き、岩に叩きつけ折った父の形見の剣だと話した。 「あの姜維殿の子とあれば、今後も百人力です。どうか、力をお貸しください」  劉仁は手を取り、礼をした。諸葛質は、姜維は文武両道、度量のある武将に間違い無いと語り、長く戦に同行を願った。 蒲華は、劉仁に、話しかけた。 「我々氐の民を預けることには、それなりの大義を持って戦うということであろうな。お聞かせ願おう。その話如何では、力を貸さないということもありうることも忘れずに」  王濬は、中華を一つにすることが目的と話すが、それだけでは足りなかった。劉仁は、 「漢の民のみならず、氐や羌、羯、匈奴や鮮卑も、他の少数民族を含めて、争いが無く、平和な世にしたい」  と語った。蒲華は、目を閉じ、黙ったまま、劉仁に歩み寄り、 「氐の武将は、主に騎馬隊であるが、歩兵としても攻撃の速さでは中華周辺でも随一、歩兵や別動隊に優れているだろう。これからよろしく頼む」  蒲華が、劉仁に握手した。斉万年も、上からかぶせるように、手を握った。その夜は、宴会を開き、お互いの今後を祝った。  
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