《第三章 目指す北進》

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 劉仁は、氐族の精鋭を引き連れ、蒲華、斉万年共々、羌を目指し行軍した。郭蘭が道案内をし、羌族について語った。 「羌は、氐や匈奴から比べれば、小さめな部族ですが、かつて、秦の時代に無弋爰剣という猛者が創り出した、名将が出る地としても名を馳せる部族です」  李特は、羌は、一人一人の武が強い、強者の血筋が多いと言う。 「羌族は、その立地から、昔から漢と結びつきが強く、匈奴にも交流がある部族です。その、騎馬隊を主とした戦いに長けた血脈を、かつての皇帝たちは、第一線で使ってきました。また、反乱勢力となったときは、まず先に力のある羌を抑えつけた歴史があります」  羌族の入口に来ると、岸壁の多い山の中、遠くに集落が見えた。広い土地に出たと思いきや、武装した羌族が待ち構えていた。周胤は、何事と思い、剣を抜いたが劉仁が、前に出て李特とともに、首領に声をかけた。 「我は、晋から来た劉仁と案内人の李特である。首領にお目通りをしたい」 「もともと魏の輩か、この、羌の地を荒らしにやってきたのならば、とっとと帰れ。痛い目に遭うぞ!」  劉仁と李特は顔を見合わせた。張紹は話を付けてきたと言っていた。相手の出方が違い、話が違うため、諸葛質も頭を捻った。羌族は、こちらが動かないと見るや、長弓で牽制をしてきた。 「族め!敵でないものを攻撃するとは、なんて奴らだ!」  張緯が怒りに任せ、矛を片手に、矢を払い除けながら駆け叫んだ。 「我が名は、燕人張飛の末裔、張緯!晋ではなく蜀武将の末裔である!腕のある者、かかってこい!」  羌族の首領と側近が、顔を見合せて何やら話しているが、一人、戟を持ち、白馬にまたがり張緯目がけ駆けてきた。二人は、一騎打ちとなった。 「我が名は、姚民(ようみん)。本物かどうか、この太刀で見極めよう」 「何を抜かす!」  張緯は、勢いに任せ突撃したが、姚民の長刀の筋も良く、決定的な打撃を与えられない。力は、姚民の方が強いと、張緯はとっさに感じていた。矛の捌きを早め、連続攻撃で圧していく。羌族より、助太刀が来て、張緯を攻めるが、時間がたつにつれ、張緯が二人を圧していく。周胤が止めに入り、 「決着がついている、一騎打ちでは、うちの張緯には敵うまい」 「なかなかの腕、さすがは燕人の血筋であるな」  敵首領が、張緯を褒めた。まずは、晋が攻めてきたのかという誤解を解き、話し合った。  郭蘭が姚民を指さし、こちらの者も蜀将の末裔と説明した。羌族の若将、姚民が話しかけてきた。 「我が本当の名は、黄民。蜀の五虎将黄忠である。我が祖父の没後、一族は蜀から羌に移動し、生活していた。我も小さかったため、姚氏族に養子として迎えられたのだ」 「私は、呂角。羌族長の家柄であり、代々漢との関わりがある。よく来てくれた」  劉仁が馬上から降り、 「呂角殿。姚民殿。私が、劉備玄徳の孫、劉諶の子劉仁です。私にその剣で力をお貸しください」 皆、手を取り、喜び合った。 「五虎将黄忠殿は、長弓の腕が中華随一との話であった。姚民殿も、万能の弓の使い手なのでしょう」  劉仁が、目を輝かせ言うと、姚民は、兵士の弓を取り、遠くの軍旗目掛け、弓を引いた。力強く、期待し劉仁と義兄弟は見ていた。ビュッと矢が飛ぶ音とともに、弓矢は見えなくなった。驚いた王濬が、 「何と…?矢が早すぎて見えなかったのか?」  目を輝かせ、呂角に言ったが、 「皆の者、語るのも恥ずかしいが、いや…遥か手前に外れている…」  呂角が、情けなさそうに、 「姚民は、百人力の腕っぷしの持ち主で、大刀の力はあるが、弓は全くダメだな」  一同唖然として、姚民を見るが、彼も赤面し、項垂れていた。 その夜、部族の宴会となったが、姚民の養父、姚氏が伝説を語りだした。 「羌は、元々戎(じゅう)族の無弋爰剣が祖と言われている。槍術は無敵と言われ、秦国に入ってその力で略奪を繰り返していた。その力は元より、攻撃が、まるで未来を予測しているかのような先回りの行動で、圧巻したのだ。無弋爰剣は、時に略奪を失敗し投獄された。その後、力ずくで脱獄し、万武不当の彼は数千の兵の追っ手を一人で逃げ切り、まるで、逃げ道を知っているかのような韋駄天のような逃亡であった。斬りつけた秦兵は数百に上ると言われている。彼は、たどり着いたこの地で部族を切り拓いたのだ」  呂角の近親である部族長が、重い口を開いた。 「蜀の五虎将であった馬超は、羌族の血を引く者であった。しかも、無弋爰剣の直系の血をひくものは馬一族の彼しかおらぬ」 「その馬超の子馬承の血筋である子を、蜀の武将がこの羌へ連れて来たのだ。馬謹というものがおる。まだ、十才しかならん若造であるが…」  馬超と言えば、錦馬超と言われるほど、戦いには強く一騎打ちでも豪傑、百戦錬磨の猛将である。 「そいつ…そんなに、腕が立つのか?」  張緯が、目を丸くして問うと、呂角が横に首を振り、 「その逆じゃよ。まったく、戦に関しては向かん。争い事は嫌いだと」  劉仁軍の将たちは、一同ズッコケた。まさか、馬一族の武人ともあろう血脈が戦嫌いとは… 「羌の民は、どうなってるんだよ?」  周胤も、呆れて口に出してしまった。 「ともかく、その少年に合わせてもらえないだろうか」  劉仁と諸葛質は、強力な仲間になると期待していた。これからは、より一人でも、強い味方が必要なのだが。  姚氏が馬謹を連れて来たのは、それほど時間がかからなかった。背丈は、劉仁とほぼ同じくらい、腕や足は細身で、顔は凛々しくあるが、闘志が感じられない。こちらに歩いてくるとき、蒲華が、足をかけてみたら、全く避ける間もなく転んでしまった。情けない顔をして、馬謹は挨拶をした。 「あ、アハハ…。お、お初にお目にかかります。馬謹と申します。あの…皆さんのような、戦士ではないので、戦いは好みません。畑を耕し、草原を歩き、馬と会話をするのが日々であります…」 声も小さく、覇気が無い。関統、王濬は溜息をついた。 「これは、成長しても戦力になりますまい…」 「戦略の読みに適しているのか…血筋は馬鹿にできませんから、連れて行ってみますか?」  諸葛果の言葉に、馬謹は、 「戦場には…でも、都は見たい。実は、夢を見たのです、自分が都を歩いている夢を…。 皇帝の住む場所というものをこの目で焼き付けておきたい」 一同は、首をかしげているが、劉仁は、 「都に行こうよ、生涯見ることができないほど、素晴らしいものかもしれないよ」  諸葛質は微笑み、関望、張緯は呆れ顔で溜息をついた。 「兄者、いや、劉仁殿、こりゃほんとに連れていくのか?」  張緯が、小言を口にしたが、劉仁は笑顔を見せるだけだった。周囲の皆も、決心は一つだった。馬一族は、蜀五虎将の一人。仲間だということは口に出さずとも理解しているようだった。  馬謹と出会い数日後、劉仁達が涼州へ向かう相談をしていたところ、急使がやってきた。 「北西にある月氏という族が、何者かに攻められていると報告です。月氏と羌は、古の祖が同じということから友好関係であり、援軍を求められております」  使いが下がると、諸葛果が出てきて、 「私たち兄妹の祖母は、小月氏の出身であり、我が故郷とも言える場所であります、ぜひ、脅威を取り除いていただきたい」 「久々の戦であるな、この胡軍の力を試すには、丁度良い機会だ」  義兄弟も、諸葛質も仲間たち満場一致であり、決まれば行動は早かった。族長の呂角や姚氏も族軍を集めてくれ、一同行軍した。  涼州に入り敦煌の近くに小月氏の部族がある。諸葛質と諸葛果の兄弟が道案内をし、領内に入っていった。部族領が近くなるにつれ、何かざわめく感じがあり、土煙が先から上っているのが見えた。 「あれは…もしや敵ですかな」  関統が、先に目をやり、劉仁は警戒しながら行軍することを全軍に言い渡した。  
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