左遷

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左遷

私、荒川 聡美は今、不本意ながら那須にいる。 どうして私が那須にいるのか、いなければならないのか、事の発端は一ヶ月前、いや、根本的には半年前に遡る。 半年前、某大手ハウスメーカーに勤めている私は、同僚による陰湿なイジメに心身ともに限界手前の状態だった。 毎日鬱々とした気分で会社に行き、同僚に無視されたり仕事をすべて取り上げられたり、かと思ったたら無理な期限付きの仕事を突然回されたり……、会社では何度死を意識したかわからない。 それでも今まだここにいるのは、死を意識するたびに両親の顔が浮かぶから。 『一番の親不孝は親より先に死ぬことだ。』 子供の頃から事あるごとにそう言っていた母。 その母が悲しむ顔を想像すると、心は死んでいても身体までを殺すことはできなかった。 そんなある日、私の生活に小さな光が灯った。 隣の課の先輩、松本 裕二が、私の現状に気付いてさり気なくかばってくれるようになったのだ。 もちろん根本的な解決にはならない。 だけど、私の現状を知ってくれる人が、そして私を少しでも支えてくれる人がいるというだけで、まるで地獄から天国へ引き上げられるくらいに嬉しかった。 それだけ私は孤独だった。 それからごく自然に松本さんに惹かれて、ごく自然に身体を重ねた。 私は松本さんを愛していると思っていたし、松本さんも私を愛していると言ってくれたのだから。 だけどそれは間違いだった。 松本さんは数年前に結婚していて、私が彼とそういう仲になった頃には彼の奥さんは妊娠していたのだから。 その事実を私が知ったのは一ヶ月前。 彼の奥さんが会社に乗り込んできて初めて結婚している事、奥さんが出産を控えていることを知った。 やたらと広い会議室に呼び出されたときは、何で自分が会議室に呼び出されたのか全くわからなかった。 だけど、上司と彼、その隣に座るお腹の大きな女性を見て、私はすべてを悟った。 ーああ、そういうことだったのか…… 結局私の味方をしたのはただヤリたかっただけなんだ。ー ヒステリックに泣き叫ぶ奥さんを眺めながら、 ーこれじゃ浮気したくもなるよねー なんて冷静に奥さんを眺めていると不倫に関してヒステリックに責め立てられる。 「何言ってんの? あんたがそんなだから旦那がイヤんなって浮気したんでしょ? だいたいさ、私一人が悪いみたいに言ってるけど、結婚してることも、あんたが妊娠してることも言わないで付き合ってたアンタの旦那のほうが私よりよっぽど悪いんじゃないの? 私は独身男性だと思ってたんだから。」 なんて言えるわけもなく、既婚者を誘惑した悪女として罵られた。 そんな噂はあっという間に社内に広がって、いじめは悪化。 そして私だけが那須の営業所に転勤になった。 所謂左遷。 私の話はまともに聞かないで私だけが悪いと言わんばかりの処分には当然腹は立ったけど、それ以上に私だけが悪者になっているのを目の当たりにしながら一言も発しなかった彼には怒りを通り越して呆れ果てて、別れられて良かったと思った。 だけど……。 だけど、そう思う反面以前より社内では孤独になったような気がして、私は辛いというか、どうでもいいというか……なんだかよくわからない、そんな感じだった。
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