左遷

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月曜日。 私は心に鎧を着込んで出勤した。 だって絶対に私の噂は営業所中に広まっているだろうから。 ただでさえ小さな弱みを握られただけで村八分になる様な世界で働いていた私としては、最初から不倫なんて弱みをさらけ出して働くのは戦場に裸で出ていくようなものだと思っている。 だけど行かないわけにはいかない。 負けたくない。 周りに、自分に、そして彼に……。 営業所に着いてから東京の手土産を所長に渡して挨拶すると、所長は東北訛りかと思うような強めの訛りで私をみんなに紹介した。 短い自己紹介を声を震わせないように気を付けて何とかやり終えると、自分の席に案内される。 私の席の隣と向かいの席には女性社員が既に座っていて、斜向かいには男性社員が座っている。 その先にこちらを向くように机が並んでいるからきっとこの島の上司だろう中年男性が座っている。 所長に連れられてその中年男性の前に行くと、 「例の荒川くんだ。 よろしく頼むよ。」 そう言って意味ありげに笑う。 「荒川です。 よろしくお願いします。」 最初が肝心だ。 私は深々と頭を下げた。 「君の上司になる青柳部長だ。 困ったことがあったら何でも青柳くんに聞いてくれ。」 所長がそう言うと、青柳部長は、 「何ですかその言い方は。」 と言って笑っている。 ーやっぱり私は招かれざる客なんだー 鎧を着ていても少しだけ心が痛む。 「分からない事があればそっちのお姉さま方が親切丁寧に教えてくれるから。」 と、手のひらを私の席の隣と向かいの女性社員に向ける。 それを聞いた私の席の向かいの女性が、 「え、それはビシバシやっちゃっていいって事ですか?」 と真顔で聞いた。 「まあ、お手柔らかに頼むよ。」 青柳部長はそう言ってニヤニヤと笑っている。 その後自分の席に座ってから周りの人に挨拶してまわる。 私の向いに座るのは関谷(セキヤ) このみさん。 見た感じ年上っぽい。 隣に座るの菅家(カンケ) 瞳さん。 歳は私と同じくらいに見える。 斜向かいに座る男性は伊沢(イザワ) 隼人(ハヤト)さん。 独身だと公言する伊沢さんは、課長であることからも私よりは歳上なのは明らかだった。
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