下宮秀夫

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下宮秀夫

「こんちゃー」  時流研究会の部室に、いつもと違う男が入ってきた。 「下宮(したみや)、今日はバイトじゃないのか?」  まず真矢(しんや)が応対する。 「ヒデいらっしゃい、まあ座れよ」  ソファーに座っていた透哉(とうや)が横に移動し、来客者が座るスペースを作る。 「今日はバイトまで時間があるから、寄ってみた。二人とも相変わらず」  下宮、ヒデと呼ばれたのは下宮秀夫(したみやひでお)。部員ではないが、時折部室に遊びに来る。 「コーヒー飲むか?」 「お、鷹崎(たかさき)が淹れてくれんの? ありがたく頂くわ。そういやカフェでバイトしてるんだっけ?」 「ああ、お陰ですっかりコーヒーに嵌ってしまった。透哉もおかわり飲むか」 「サンキュー」  透哉が残っていたコーヒーを飲み干し、空になったマグカップを真矢に手渡す。  真矢はIHヒーターでお湯を沸かしながら、コーヒー豆をミルで挽き始めた。 「おっ、本格的だねぇ。通りを外れたとこにあるあの高級カフェだろ? あそこバイト募集してたんだな」 「たまたま縁があってな。通常は募集していないらしい」 「教育とか大変なんじゃないの? すごい畏まった雰囲気あるって聞く」 「そうだな。でもじっくり教えて貰えるからとても勉強になる」 「なるほどなぁ、オレのバイトはカラオケだからさ、夜なんかは酔っ払いもいたりして大変だよ」 「それ言ったら、俺のバイト先は酔っ払いしかいねーぞ」 「そりゃあ鯨尾(くじらお)のバイトは居酒屋だろ。シラフの方が少ないじゃないか。なんか居酒屋ならではの面白い話しとかない?」 「んー」  透哉がしばらく考えている間に、真矢はペーパーフィルターの挽いたコーヒー豆にお湯を注ぎ始める。 「あ、この前OL集団に絡まれた」 「なんじゃそりゃ」 「『お兄さんかっこいいね』、『一緒に飲まない?』、『お兄さんが注文取ってくれるなら、ジャンジャン頼んじゃうなー』。みたいな」 「みたいなって、それ自慢か? イケメンはモテますなー」 「いや大変だったんだぞ。仕事は進まないし、他のバイトからはからかわれるし」 「コーヒー出来たぞ」 「話の流れお構いなしで入ってくるね、鷹崎」 「砂糖とミルクは?」 「じゃあ砂糖を貰おうかな」  長細い砂糖の紙袋を破り、一本分をコーヒーに溶かし秀夫が口をつける。 「あ、美味い。コーヒーの違いってよくわかんないけど、美味い気がする」 「それはよかった」 「鷹崎はなんかない? バイトで面白い話」 「特にこれと言ってかな。いや、そういえば」  真矢も一口コーヒーを飲み、口を潤して続きを語り始める。 「僕はよく分からなんだけど、この前女性アイドルが来ていた。サングラスをかけていたので、少し気になっていたんだけど」 「マジで!? 誰?ダレ?」 「分からん。『今のアイドルの子だったね』と、会計の後に店長に言われた」 「なんだよそれー、もうちょっと興味持てよー」    その後も数十分、三人の会話が続いた。 「うし、そろそろバイト行くわ」 「ああ、気をつけてな」 「おう、またいつでも来いよ」 「コーヒーごちそうさま、カップ洗った方がいい?」 「いや、僕が洗うからお気遣いなく」 「さんきゅ、また遊びに来るわ。次はゲームをしに」 「ういー、お疲れー」  真矢と透哉。それぞれに見送られ、下宮秀夫は部室を出ていった。 「下宮が来ると部室が賑やかになるな」 「毎日だと胃もたれするテンションだけど、たまにだと良いな」
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