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中川櫂(なかがわかい)は、大変腹を立てていた。というのも、母親にこっぴどく叱られたからだ。
母一人子一人、古ぼけた団地暮らし。櫂が幼い頃に父は他に女を作って逃げ、金銭的に余裕の無い中川家は、母が一人で必死に働いて家計を支えていて、殆ど家にいない。自由な櫂は、一人で自炊もできる坊主頭で目の大きな中学三年生だった。
そんな櫂が母に叱られたのは、学期末のテストの点数の事だった。
櫂は野球部で、勿論高校でも野球部に入って頑張るつもりだった。スポーツ推薦枠で希望校へ入学すれば、少々テストの点数が悪くても問題は無い。タカをくくって野球に明け暮れ、母がいないことをいい事に、夜はゲーム、休日はまたも野球に遊びに費やし、殆ど勉強しなかった櫂の二学期末のテストは散々なものだった。そこを、責め叱られた。
「うるせえ、ババア。殆ど家にいもしないで、俺の事何もしやしない癖に! こんな時だけとやかく言うな!!」
暴言を吐いて、家を出てきた所だ。
ああ、ムシャクシャする。
公園を通りかかった時、園内によく設置してある網目の細かい白のゴミ箱を、櫂は思い切り蹴飛ばした。手は、野球に差し障るかもしれないので、物を殴る事はしなかった。
ゴミ箱は派手な音を立てて倒れた。中に入っていたゴミが散らばったが、櫂はおかまいなしに歩き出した。人様に迷惑をかけてしまったという良心が痛んだだけで、気分は全然晴れない。
散乱したゴミのひとつが、乾いた冬の冷たい風に揺られて飛んだ。歩き出した櫂の足に纏わりついたので、ああ、と舌打ちをしながらそれを拾い上げると、カフェのチラシだった。
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