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彼女はおもむろにカウンターを立ち上がり、赤いハイヒールを履いているのでカツカツと優雅にこちらへやって来て、櫂のすぐ横に立った。
「貴方、名前は?」
「あ、中川櫂です」
「ふうん。櫂君か。貴方の願い事は?」
「ねがいごと?」思わずオウム返ししてしまった。
「あら。噂を聞いてここに来てくれたんじゃないの? 願いがひとつ叶うっていう噂」
「あ、ああ。そういえば学校の女子が言っていました。何でも願いが叶うカフェがあるとかないとか」
「そうそう。それ。その噂のカフェが、ここなのよ」
「ふうん」
ばかばかしい、と思った。何でも願いが叶うなど、そんな訳が無い。どうせ噂好きの女子のデマに決まっている。
「あー。バカにしたでしょう。本当よ。本当に叶っちゃうの。試しにお願いしてみたら?」
「はあ」
美人に迫られる形で顔を近づけられたので、櫂は慌てて目を反らした。
思春期の少年にとって、十歳ほども年上の女性は何とも魅力的な上、甘く良い香りがしたので、ドキドキと胸が高鳴った。フリルのブラウスから隆起している大きなバストも、胸の高鳴りを誘った。
「ねえ、櫂君。お願い事が本当にひとつ叶ったら、私の珈琲飲みに、またアカシヤに来てよ」
「珈琲、ですか」
珈琲は飲めないと正直に言って、美人の言う事を断る勇気は櫂の中に無かった。思わず、わかりました、と口走っていた。
「珈琲が飲めなかったら、カフェオレにしてあげるから」
「は、はい」
変な顔をして、きっと珈琲が飲めない事が相手に伝わってしまったのだろう。櫂は思わず首をすくめた。
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