CASE1.中川櫂

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   「お願い事はね」  目の前の美人な彼女が、綺麗な人差し指を立ててシャープな顎に当てた。「お金持ちになりたいとか、野球選手になりたいとか、テストで百点取りたいとか、自分で努力すれば何とかなるような、そういう願いは叶えられないの。もっと、身近な事。例えば――」  切れ長の美しい眼が、櫂に向けられた。「今のそのムシャクシャした気持ちを晴らすとか」  胸中を言い当てられて、ドキリとした。母親に酷く叱られ、心が荒れていたことを、目の前の彼女に見抜かれている。 「口に出さなくてもいいの。飲みながら、自分の気持ちと向き合えばいいだけ――」 「牡丹」  まだ櫂に話しかけている最中だったが、銀髪のマスターに言葉を遮られた。櫂と彼女、二人してマスターを見ると、彼は黙って首を振って手招きをしていた。 「ちょっとお喋りがすぎたみたい。ごめんなさい。飲み物が出来上がったみたいだから、持ってくるわ」  カツカツとヒールを慣らして牡丹と呼ばれた女性はカウンターの方に戻り、マスターから美しい飲み物を受け取って、またカツカツとヒールを鳴らしてこちらへ戻ってきた。 「お待たせ。ドリームソーダよ」  櫂の目の前に置かれた飲み物は、七色に輝く不思議な飲み物だった。グラスには赤いストローに、輪切りのレモンが飾られている。通常の炭酸水のように、小さな気泡がグラスの底から湧き上がっており、様々なシロップを配合した結果なのだろうか、不思議なグラデーションが掛かった何とも言えぬ美しい飲み物で、櫂は思わず見とれた。
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