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wistful
小学四年生の夏休み、祖父が死んだ。遊びに行った父の実家で闘病中だった祖父が、目の前で息をするのをやめた。上下に揺れていたお腹は沈んだままピタリと止まり、少しづつ少しづつ、冷たく固くなっていった。
―そしてその夜、線香花火をした。
*
「今日はお集まり頂きありがとうございます。燕は仕事終わったら捕まえる予定なんで、皆さんお楽しみに!ではひと足お先にカンパーイ!」
一ヶ月前、当レストランに『花森小学校六年三組三島学級同窓会』の貸切予約が入った。
元同級生の陽気な声がキッチンにまで届き、捕まってたまるかと私は意気込んだ。隙を見て帰るか、残業するか、はたまたスタッフルームに立てこもるか。
「残業?いらんいらん、むしろさっさと着替えてあっちに顔出してこいよ」
三つ選択肢のうちの一つはあっさり消された。
「同窓会出るなんて私は一言も言ってないんですけど」
「今日は十九時までなんだし、せっかくなんだから顔出してやれって。お前もう何年も同窓会出てないんだろ?幹事の子が言ってたぞ。だからわざわざ同窓会ここでセッティングしたんだろ」
「それがいらん気遣いなんですよ」
ちっと思わず舌打ちが出た。ガラが悪いぞ、とシェフに突っ込まれるが、シェフに言われる筋合いはありません、とキッパリ返した。
「なんにせよ今日はもう上がれ。お前の事情は知らんから、帰るもよし、二階でやり過ごすもよし。好きにしろ」
俺は残業はするのもさせるのも嫌いだ、とシェフは私を追い払った。
タイムカードを切り、お先に失礼して二階のスタッフルームに移動した。化粧直しなんて女子力高いことを私はしない。着替えは秒で終わる。
幹事の明穂には怒られそうだが、小学校なんて遙か昔の同級生と一体何を話せというのだ。私は特に話したいことなんかない。思い出なんてただの黒歴史だ。
スタッフ用裏口扉を静かに開ける。警戒して誰もいないか確認し、よしと意気込み駐輪場まで一気に走った。幸い、店から駐輪場は見えない位置にある。自転車さえ回収できればあとは一気に自宅まで飛ばすだけだ。
これで同窓会回避と喜びも束の間、聞き慣れない声に呼び止められた。
「中条?」
鍵を開けようとしていた手を止め、顔を上げた。駐輪場につけられた街灯が完全に逆光になっていて誰だか判別できない。
「…どちら様?」
「……松川だけど」
記憶にある松川という名前を探すと花森小学校六年三組、松川晃太と合致した。
「見逃して!」
「は?」
私は自転車の鍵を挿し、並んでいる自転車の列から自分のものを引っこ抜いた。
「じゃ、ごゆっくり」
松川の横をスっと通り過ぎようとしたが、ガシッと思い切り腕を掴まれてしまった。
「同窓会来たんじゃないの?」
「違う。ここは私の職場なの。私は仕事が終わったからこれから帰るの」
今すぐここから離れたいという思いから、早口でまくし立てた。
「離して」
松川は品定めするように私の上から下までゆっくり見た。やめろ気色悪い。とは言わなかったが、じろじろ見られると何故か罪悪感にかられるからやめて欲しい。
「わかった。見逃してやるけど条件がある」
「条件?」
「向かいにファミレスあるだろ?そっち行くぞ。付き合え」
「…は?」
私の耳に理解し難い言葉が並んで入り込んできた。
「見逃して欲しいんだろ?なら代わりに俺に付き合ってよ。じゃなきゃこの腕は離さないし、今すぐ西村にお前がサボろうとしてるのチクる」
残り二つの選択肢は消され、新たに出された四つ目の選択肢を私は強制的に選ばされた。
*
「燕ちゃん、線香花火やらない?」
葬式の準備などで忙しくしている両親の邪魔にならないよう、持ってきていた宿題を進めていると、祖母が花火セットを持ってきた。
田舎の大きな家の大きな庭の縁側で線香花火。これぞ日本の夏だ。
「花火には弔いの意味もあるのよ」
『弔い』の意味がわからず首を傾げると、祖母はゆっくりと話した。
「燕ちゃんにわかるように言うならそうねぇ…。例えばおじいちゃんはきっと『もっと燕ちゃんと遊びたかった』とか『燕ちゃんがお姉さんになるところを見たかった』って想ってると思うの。でも、亡くなった人は天国にいかなくちゃいけない。残された私たちも『いなくなって淋しい』とか『もっと一緒にいたかった』って想うでしょう?お互いのそういう想いが引き寄せ合うと、おじいさん天国にいけなくなっちゃうの」
「天国にはいかなきゃいけないの?」
「そうよ、いかなきゃいけない。だから今は淋しいけど、またいつか会う為に一度お別れをするの。『今までありがとう』『どうか無事に天国にたどりつけますように』って、色んな気持ちをこめてお祈りをするのよ」
「花火は…おいのりなの?」
「そう。花火とかロウソクの光って暗いところで輝いて綺麗でしょう?綺麗なものを見ると人の心は癒される。暗いところを明るく照らす。戦争や災害で亡くなった人の心を癒すために始まった花火大会もあるのよ。きっと、おじいちゃんも私たちと並んで一緒に線香花火見てると思うわ」
祖母はそう言って微笑んだ。
*
松川は私立中学に進学した為、小学校卒業以降はそれきりになっていた。
当時、同じ目線だった彼は今、頭一つ分背が伸びて、声も低く記憶に残る松川とのギャップに脳の情報処理が追いつかない。
「飯食う?」
「食わない。というかあんたは食っちゃダメでしょ」
「まぁ遅れるとは言ったけど。後で参加費だけ払うんでもいいかな、いっそ」
何その金銭的余裕。ちょっと高そうなスーツで現れたあたり、彼は仕事帰りなのだろう。にしてもさぞいいお仕事してるんでしょうねと心の中で悪態ついた。
結局ドリンクバーだけ頼み、私はひたすらコーヒーを飲んだ。
「デザートとか頼めばいいのに」
「さっきまでケーキ作ってたのよ」
「ああ、お前パティシエなんだな。調理学校に進んだって話は聞いたことある」
「なんでこっちの情報は筒抜けなの」
どうせ明穂だろうと想像はついた。
「中条は人望あるからな。全然同窓会来ないし、みんな知れることは知りたいんじゃないか?」
「人望なんてあった覚えがないんだけど」
「そうかな。同窓会来いって連絡がしつこく来るのも、何がなんでも参加させようとしてお前の職場貸切にするのも、人望あってこそだと思うけど?」
ふん、と鼻を鳴らし、空っぽの胃にブラックのホットコーヒーを流し込んだ。向かいでは彼がアイスコーヒーにミルクとガムシロップを二個ずつ入れて混ぜている。
「だとしても、本当の意味では人望ないのかもね。嫌がる人間無理矢理参加させようとするし、結局こうして今逃げだせた上に特に連絡来ないしね。本当に好かれてるならこんな強引に事運ばないと思うし、盛り上がっても忘れたりしないでしょ」
一気にコーヒーを飲み干し、二杯目を取りに向かった。彼のを見ていたら、普段ブラックで飲む私も釣られるように砂糖とミルクを入れてしまった。
席に戻ると、松川は何の前置きもなく話し出した。
「俺、中二の時に初めて彼女が出来たんだ」
「いきなりなんの話?」
「まぁ聞いてよ。生まれて初めて告白されて、よくわからずにOKしたもんだから、三ヶ月そこそこで別れちゃったんだけどさ」
「よくある話じゃない?中学生なら」
「俺のとこ中高持ち上がりだろ?高校になってもクラス一緒になって、まぁ普通にクラスメイトとして仲良くしてたんだ。…けど、高一の秋にその子亡くなったんだ。交通事故で」
「…そう」
彼女と付き合っていたのは中二のバレンタインから三ヶ月。だからバレンタインになると毎年彼女が告白してくれた時のことを思い出すし、彼女が好きだったアーティストが新曲を出す度に彼女が頭をよぎったという。文化祭直前に亡くなった為、高校三年間、文化祭は楽しかったかよくわからなかったらしい。
「そういう彼女との想い出がよぎる度、昔お前に怒られた時のことも一緒に思い出してた」
「なんかしたっけ?」
「すっとぼけるなよ。『人間なんて簡単に死ぬ』って、泣きながら怒ってた十歳の女の子を俺はずっと忘れられなかったよ」
*
祖父が亡くなった年の夏休み明けのことだ。
「うっせー、死ね!」
現代人も現代っ子も簡単に死ねと言う。
誰にどんな状況で向けられた言葉だったのかわからなかった。けれど、教室にいた私の耳にその言葉が入った瞬間、思い出した。
家に戻る時になって気づいた。いつも私たちの車が見えなくなるまで見送ってくれた二つの影は、祖母のもの一つだけになっていた。
―そうか。これが死ぬということなのか。
私はあの時、生まれて初めて声を上げずに車の中で静かに泣いた。
だからだろう。気がついたら『死ね』と言った男子を引っぱたいていた。当然、男子は怒った。関係ないやつがしゃしゃり出てきたのだ。けれど私の顔を見た瞬間、その怒りが動揺に変わるのがわかった。
「あんた、死ぬって意味わかってんの?明日が来ないって意味、わかってんの?」
私は近くにあった机の上から誰かの鉛筆を掴み、自分の喉元に突き立てた。
「今ここでこれ喉に突き刺せばそれで終わりだよ。人なんか簡単に死ぬ。ほら、やってやるから言ってみろよ、今言ったこと。もっかい言ってみろよ」
私は男子の胸倉を掴み、思い切り叫んだ。
「言ってみろよ!」
その後の記憶はあまりない。そばで見ていた明穂曰く『泣いているのに気迫がすごくて誰も止められなかった』『慌てて先生が間に割って入った瞬間、燕は意識を失ってぐったりした』とのことだった。
祖父が亡くなったあと、しばらくろくに眠れない日々が続いていた。今までの睡眠不足を補うかのように、私は二日眠り続けたそうだ。
*
「『明日が来ない意味』ってこういう事だったのかと思ったよ。それと、胸倉掴まれたのなんか後にも先にもあの時だけだった」
あの時の男子こそ、この松川だった。
「元々大して仲良くなかったけど、あれ以降すっかり話しかけられなくなったなぁ」
「別に私と話したいことなんかなかったでしょ?」
話す用も特にないし、とつっけんどんに返したが、松川は楽しそうに笑った。
「歳重ねて思ったんだけど、記憶に残るのって楽しいことより、辛いこととかしんどいこととか…そういうのが多いんだよな」
「それ笑って言うこと?」
ふと、窓の外を見た。道路を挟んで向こうに私の職場がある。人の姿までは見えないが、今頃盛り上がっているのだろう。
「中条が同窓会行かないのって俺のせい?」
「なんでそうなんの。大人数嫌いなだけ」
気がつけば何杯目かわからないコーヒーを飲み干した。松川も甘そうなアイスコーヒーを一気に流し込んだ。そんなに喉が渇いていたのかと思うほどだ。
「…小学校の子達は知らないの?あんたが付き合ってた子が亡くなったって話」
「ああ。話したのは中条が初めてだ」
「…荷が重い」
「まぁまぁそう言わずに」
だから楽しそうな顔をするな、とため息を吐いた。
「じゃあ、私も一個教えておこう」
「え、何を?」
「今日は命日なの」
「……それってあの時の…おじいさんの?」
『死ね』という言葉を使うのがまず悪い。そして、それ以上にタイミングが物凄く悪かったと、私の祖父が亡くなったばかりであることを担任教師から聞かされたらしい。『あの時』とはそのことだろう。
「惜しい。その奥さんの方」
「つまりおばあさん?」
「そう。三年前にね。それもあって余計に同窓会なんて気分じゃなかった」
八月二十一日に亡くなった祖父が、盆にやってきて戻る時に祖母も一緒に連れて行ってしまったように、八月二十日に祖母は亡くなった。
「あ、花火買わなきゃ」
「花火?」
「そう、線香花火」
*
コンビニに行く私に松川はついてきた。同窓会行かないの?と聞けば「こっちの方が面白そう」なんて返された。
今の時期はコンビニに行けば手持ち花火が当たり前のように陳列されている。私はその中から線香花火だけのものを選んだ。
「なんで線香花火なの?」
「昔祖母とやったの。花火は弔いだからって。うちでは亡くなった日には線香花火をするの。…うちっていうか私だけの風習なんだけど」
「ふーん」
と言いながら私の手にしていた花火を奪うと、あっという間に会計をされてしまった。先程のファミレスでは「付き合わせたお礼」、次は「俺もやりたい」と言われ、一銭たりとも払わせてくれなかった。
私たちの生まれ育った土地は、市内全域で花火が禁止されているため私有地でしか出来ない。よって、うちの庭で花火をするからと断ろうとすると「西村にチクって同窓会に連行されるのと、俺がお前ん家の庭で花火するのどっちがいい?」と脅された。腹立たしいほどまぶしい笑顔の左頬を思い切り平手打ちしてやりたい気分だ。
「歩いて行ける距離の職場で働くもんじゃないな」
「近い方がいいよ、職場なんて」
松川の徒歩に合わせて私は自転車を押す羽目になった。これで私の家が遠ければ松川も花火をするなんて言い出さなかっただろうにと思うとかなり悔しい。
「しかもうちの親絶対勘違いしたよ…どうしてくれんのさ」
バケツに水を汲みながら言うと、彼は楽しそうに笑った。
「いいじゃん。俺も彼女いないし、誤解されても特に困らないよ」
「私が困るんだよ」
庭の隅にあった使ってないブロックを引っ張り、ロウソクをそこに立てた。風のない日でよかったと思う。ロウソクの火が真っ直ぐ上に向かって伸びた。
「明日も使うから全部使わないでよ? 明日は祖父の命日だから」
「へー、続いてんだな。何本あんの?」
「十五本」
「じゃあ四回勝負だな。長く残った方がより多かった方が勝ち。明日は残りの七本でおじいさん弔ってくれ」
「勝手に決めないでくれる?」
「いいじゃん、買ったの俺だし」
それを言われたら言い返せない。しかし、たった四回の花火のためにこんなところまで押しかけて来たのか。ため息を吐きつつ、私は言われたまま素直に四本を手渡した。
「中条って意外と押しに弱いから変な男につけ入れられそう」
「今まさにつけ入れられてんだけど」
「まぁまぁ。ほら、同時に行くぞ」
せーの、と言う声に合わせてしまったあたり私も大概だ。一本のロウソクに二本の花火をつっこんだため、最初についたのがどちらの花火かわからず「どっち?そっち?」なんてわたわたした。
「これ同時に火に突っ込んでも火がつくタイミングが違うと厳密な勝負ができないな」
「はなからこっちは勝負してないんだよ。これは弔いなんだから。きっと今、おばあちゃん私の隣で一緒に見てる」
そう言うと、松川は静かになった。線香花火の音だけが静かに聞こえる。
「散り菊」
「え?」
「今の状態。線香花火は四つの名前があるの。聞いたことない?」
しゅん、とほぼ同時に二つの火花が地面に落ちた。終わった花火を水を入れたバケツに投げ入れ、次の花火も同時に火に突っ込んだ。
「蕾、牡丹、松葉、散り菊。線香花火の四段階にはそれぞれ名前があって、それぞれを人生に喩えられてるの」
生まれたばかりの蕾、パチッパチッと少しづつ大きくなる牡丹、松葉のように火花が飛び出して、最後は火花が一本一本落ちていく散り菊の四つだ。
「人生八十年として均等に割り振ったら、最初の二十年は蕾か?」
「そんな均等に割り振れないでしょ。十代は牡丹だよ。うちらみたいなのは今松葉の手前くらいかな」
そんなことを話していたら、松川の二本目の花火が松葉になる前に落ちてしまった。隣で私の花火はパチパチと大きく花を咲かせている。
「…十六で死んじゃったあいつは、松葉になる前に終わっちゃったってことなのかな」
そう言って松川は二本目の花火をバケツに放り込んだ。三本目にはまだ火をつけず、私の散り菊を見ている。
「松川、彼女のこと好きだった?」
「え、何いきなり」
「恋でも友情でもなんでもいいよ。彼女のこと好きだった?」
「そりゃ…友達だったし」
そのタイミングで私の花火も消えた。
「今あんたが抱えてるその気持ちは大事にしな。なくそうとしたり消そうとしたりしなくていいし、その逆に彼女のこと忘れて元気になっていく自分を責めたりするんじゃないよ」
明穂に聞いたことがある。何年か前の同窓会に参加した松川が、中学以降彼女がいないと話していたそうだ。
「生きている人間は、生きていかなきゃいけない。大切な誰かがいなくなっても、懸命に笑いながら生きていかなきゃいけない。だから、そのことに妙な罪悪感を感じる必要もない」
私は三本目の花火に火をつけた。ジジジという振動が点火したことを伝えている。
「花火は弔いだよ、松川。花火やロウソクの光って綺麗でしょう? 綺麗なものは亡くなった人もそうだけど、残された側の人間の心も癒すんだ。またいつか会えますようにって祈る。それが弔いだよ」
松川も遅れて三本目の花火に火をつけた。蕾で始まって牡丹が咲き、松葉が弾け、菊が散る。
四本目の点火の時、黙ったままの松川を見たら、目元に花火の光を反射するものがあった。途中、『綺麗だな』とつぶやく声が聞こえたので、そうだね、と私も呟いた。
*
「ありがとうな、今日」
まだ九時前だったこともあり、松川は一度店に顔を出しに行くという。お前も来るかと言われたがもちろん断った。
「あんた今日何しに来たわけ?」
「んー、結果的には中条と話したかったんだろうなぁ。あいつのこと思い出す時、お前のことセットで思い出してたから」
その話はもうしなくていい。私は松川を睨んだが、そばにある街灯一本でどこまで私の表情が見えているかわからなかった。
「そうだ。連絡先教えてよ」
「え、なんで」
「大人数は嫌いでも少人数ならいいんだろ? 今度はちゃんと飯でも行こうぜ」
「やだよめんどくさい」
ケチ、と松川は口を尖らせた。可愛くないからやめろ。
「でも、本当にありがとう」
「それはさっき聞いた」
「それは今日の分。今のは……昔の分」
昔?と首を傾げていると、松川はカバンから手帳を取りだし、何かを書いてビリッと破いた。
「この番号で検索したら俺のアカウント出てくるから、気が向いたら登録してよ」
受け取り拒否をされると思ったのか、松川はその紙を私の手を取りしっかりと握らせた。
「じゃあ、またな。絶対連絡しろよ?」
「気が向いたらでいいんじゃないの?」
「向け!絶対向け!」
そう言い残して松川は走り去った。
雑に破けた紙を見て、一つ思い出した。私が起こしたあの事件の後、しばらく経ってからランドセルに紙切れが入っていた。ノートを破ったような紙に『ごめん』とだけ書かれていた。
―仕方ない。もう許してやるか。
私は家の中に入り、すぐに紙切れの数字を携帯に打ち込んだ。
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