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8.本当の標的
本間と狩谷を乗せたクラウンは、八王子の山麓部に入っていた。だんだん交通量も少なくなる。
「これ以上尾行するとバレるかもね」
葛木が言う。片山は小さく頷いて、くわえていたタバコを車の灰皿に押し付ける。
「でも、奴らのいるところに和泉も向かっているはずだわ。それに、警察が動いているって、やつらも解ってる。かなり焦っているはずよ、そんなときに、慎重になんかなれないわ」
「夏帆たんの言うことはもっともだけど」葛木が反論しようとしたとき、夏帆の携帯電話が鳴り出した。
「芽衣ちゃん? どう?」
スピーカーフォンに切り替えた携帯電話に向かって、夏帆は言った。
《ありました、SDカード。和泉さんが隠れていたって言う柱の陰に、落ちてました》
「中には何が入ってるの?」
《いま、鴨林さんがパソコンで――あ、出ました。画像データみたいですね》
「どんな画像?」
《若くて背の高い女の人が、お金を受け取っています。たぶんこの人、関口優花だと思います。経済雑誌で見たことある顔です》
「経済雑誌なんか読むの、芽衣ちゃん?」
《楽しいですよ、数字がいっぱい並んでて》芽衣の返答は屈託なく柔らかい。
しかし、これでいよいよ状況が解らなくなった。
「関口優花は、内部告発をしようとしていたんじゃなかったのか」
葛木は唇をかんで考える。「姉の不正を掴んだ妹は、庶民派弁護士を味方につけて真実を暴こうとしている――」
「じゃあどうして、和泉は警察からも逃げるのよ。Gフーズに生命を狙われている二人なんだから、警察に駆け込めば万事OKでしょ」
「本間弁護士を人質に取られて、動けないとか」
「だとしても、それならGフーズだって一緒でしょ。和泉に関口真琴を確保されてるんだもの、奴らだって、本間弁護士を殺すことは容易じゃないわ。それに、もしあんたの言うとおりだったとして、なんでSDカードだけ現場に残して逃げたの? 関口真琴もその場においていけばいいじゃない」
「それよりも」と片山が言った。
「関口真琴は三日前から姿をくらましていた。それなのに、Gフーズが動いたのは昨日だった。それにやはり、和泉を巻き込む理由が解らない」
「そうですよね」と葛木は同意する。
「バーで飲んでいた和泉をわざわざ巻き込む理由なんかないし、その上、警告をこめて痛めつける理由なんかない」
「ねえ」と夏帆は頭の後ろで手を組んで、背もたれにどっかりもたれかかった。
「最初から、和泉を呼ぶことが目的だったとしたら?」
「どういうこと?」
「和泉はあんな性格だし、たぶん電話がかかってきただけなら、それがたとえ女性からの依頼でも、それほど気にも留めなかったと思うの。だから最初は、電話だけで済ませようとした。でも、その帰りに襲われて、意地になって本間法律事務所に出張っていった。それこそが策略だったとしたら? だって、偶然バーにいた和泉が選ばれたって考えるより、最初から和泉が標的だったって考えたほうが、納得いくじゃない」
「でも、和泉は刑事だ」
「それこそ偶然だったのよ。そして、それがGフーズにとっての誤算だった。本間法律事務所ですべて片付くつもりが、和泉が彼女を連れて逃げてしまった――ううん、そうなってしまったから、そういうシチュエーションに切り替えた」
「待って、和泉と関口真琴が逃げたのは、Gフーズの策略だってこと? そんなことありえないだろ、写真を持った一番の証人を、得体も知れない男と一緒に逃がすなんて」
「彼らにとって和泉は予期せぬ登場だったのよ? 得体の知れない男が、何をどこまで知っているか、知りたくなって当然じゃない?」
「でも、一緒にいるのは関口真琴――え?」
片山がブレーキを踏んだ。その視線の先にあったのは、Gフーズの閉鎖された廃工場で、黒いクラウンはそこに入っていく。妙な男たちが入り口のシャッターを下ろしているその隙間から、赤いアウディが見えた。
「行くわよ!」
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