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9.再会と真相
赤信号を見て、和泉はブレーキを踏む。ギアをニュートラルに入れて、サイドブレーキを引いた。
「ねえ、仲間の刑事を撃つなんて――」
彼女は呆れたように言う。「姉さんのために、どうしてそんなに本気になれるの?」
「優花先輩のためばかりじゃないよ。本間先生のためでもあるのさ」
「私――」
「まんまと騙されたよ」和泉は遮って言った。
「きみが、Gフーズのスパイだったんだよね?」
「どうして――っ」
「セキグチマコト、さ」
和泉は助手席のほうに身を乗り出し、彼女はすっと身体引く。「きみがその名前を言って、思い出したんだ。きみの声は、昨日の夜に僕を呼び出した声だ。僕は一度聞いた声は忘れないのさ」
「電話の声なんか、解るわけ――」
「僕には解るのさ?」
和泉はにやりと笑った。「僕はさっきからずっと、気づいていたのさ。でも、いったいきみが何者なのか、僕を襲った連中が何者なのか、それから僕を襲った理由も解らなかったから、今まで一緒にいただけさ」
クラクションを鳴らされた。目の前の信号が青になっている。和泉はギアを入れ直し、サイドブレーキを下ろす。ハンドルを切って左折する。
「きみはずっと優花先輩や本間弁護士を騙していたってことだよね。二重スパイとして、Gフーズと通じていた。見返りはやっぱりお金かな?」
しばしの沈黙のあと、真琴はふっと一つ、息を吐いた。
「あなたのこともうまく騙していたつもりだったけれど」
真琴の声のトーンが、心なしか低くなった。「でも、今まで騙されていたのは私のほうだったってわけね」
「それが、きみの本当の声なんだね?」と和泉は言う。
「最初から変だとは思っていたのさ。きみの美しさには、嘘で飾られたようなところがあった。本当の美しさっていうのは、ありのままの自分自身に宿るものなのさ!」
「あなた、刑事なんかやってなかったら、もっとモテたでしょうね」
「僕は愛されるために生きているんじゃないよ。愛するために生きているのさ。愛は求めるものじゃなく、与えるものなのだからね」
「でも、愛だけでは生きてはいけないわよ」
和泉の首筋に、冷たい銃口が押し当てられていた。
「どうかな」和泉は自分の懐から、拳銃と携帯電話が抜き取られるのを気にも留めないふうに言った。
「愛はすべての人の心を救うと、僕は信じているよ」
「バカね。さあ、あなたには聞かなきゃならないことがたくさんあるの。姉さんは、あなたが切り札だって言ってた。あなた一体、何を握ってるの?」
大分、全体像が見えてきた。優花先輩も、人が悪いな。ちゃんと頼んでくれれば、喜んで協力したのに。
和泉はわざと困り顔を作り、曖昧に首を振る。
「まあいいわ。さあ、指示通り行きなさい。次の角を左。三キロ先を右――」
真琴に言われるままに車を走らせていくと、やがて廃工場が見えてきた。もとはGフーズの工場だったらしいが、この不況で業務縮小を余儀なくされ、閉鎖されたらしい。敷地内に入ると、スーツ姿の男によって門が閉められた。三鷹で僕を狙ったやつだ。
「降りて」と真琴は言った。
和泉が車を降りる。とたんに左右から大柄な男に捕まえられた。「やめたまえ、僕にはそんな趣味はない――」右側の太い腕を振り払おうとするが、がっちりと溶接されたように固まって、外れない。なんてバカ力だ。それでもなんとか振りほどいてやろうと抵抗すると、わき腹に強烈なパンチが食い込んできた。一瞬、息が詰まる。
和泉はその男の顔を見上げて、そしてまた臍を噛む思いがした。
「きみは――」
「そうだ」と大男――アルバイトのバーテンは言った。「刑事のくせに、昨日はずいぶんと無防備な夜だったな?」
「そうか、僕はバーにいたときから、見張られていたのか」
「そういうことだ」
「マスターは?」
「バーの裏で縛りあげてるよ」
男たちに工場の中に連れて行かれ、薄汚れた箱の上に座らされた。ガッツーンと大きな音が響いて、工場の門が閉まる。続いて、パンチが二発。くっーー、こいつは効いたーー和泉の意識は、意志に逆らってフェードアウトしていく。
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