6.弁護士の正体

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6.弁護士の正体

「あの、お約束は――ちょっと!」  受付にいた男が止める間もなく、夏帆は勢いよく本間弁護士のオフィスのドアを開けた。 「急ぎのご依頼ですか。あいにく、今は手一杯で――」  本間弁護士は書類から顔を上げて、戸惑ったように首をかしげた。 「依頼じゃないのよ。人を探してるの。セキグチマコトは今どこにいるの?」  夏帆がどっかりソファに腰を下ろして尋ねると、本間の表情が明らかにこわばった。 「知りませんね、そんな女性は」 「知らない? あっそ。知らないわりにはよく、女性だって解ったわね。マコトなんて名前だと、一度聞いただけなら男の子かと思うでしょ、普通」 「あ、いや――」 「朝からどたばたしていて、大混乱みたいね。セキグチマコトはここにいたんでしょ。それを今朝、黙っていればイケメンだけど口を開くとバカな男に連れ去られたんでしょ」 「何の話か解りませんね。あなた方はいったい――」 「あたしは警視庁捜査一課のエース、西岡夏帆よ! セキグチマコトの誘拐事件を捜査してるの」 「いったい、何の話か解りませんね――」  明らかに動揺していた。夏帆は思いっきり当て推量でセキグチマコトの件をぶっこんでいったわけだが、本間がここまで顕著に反応するとは思ってもみなかった。証拠は何もないんだから、堂々としていればいいものを。でもそれだけ、和泉の登場で、切羽詰まっているということだろう。 「で、セキグチマコトの居所はもう掴めたのかしら?」 「私に尋ねるということは、警察はまだ彼女の居所を関知していないということですか?」  本間の問い返しに、「バカね」と夏帆は笑った。 「そういうときは、《だからそんな人、知らないと言っているでしょう》って答えるのよ。今の質問は、どう考えたって知ってる人の言い方よ。相当、焦っているみたいね。取引がうまくいくかどうか」 「と、取引――?」 「そうよ。男と取引したんでしょ。セキグチマコトをこっちに渡せって。午後の府中で。でも、安心して? 男は逃げたわ。警官を撃ってね」 「警官に向かって発砲するとは――ずいぶん凶悪な容疑者ですね。ぜひ、早急に逮捕してください」 「逮捕していいんだ。彼と彼女」  夏帆は立ち上がった。「いいわよ、逮捕してあげる。こっちはもう、居所を掴んでるのよね、実は。一応さ、弁護士先生に許可もらっておこうと思ったから、わざわざ来たのよ。次、来るときは、あなたたちの逮捕状も持って来るから、覚悟しておきなさい!」  行くわよっ。夏帆がきびすを返す。葛木は顔面蒼白の本間をしっかり目に焼き付けて、夏帆に続いて事務所を出た。エレベーターに乗り込むと、夏帆が「やったわね!」とパチンッと指を鳴らした。 「まんまと引っかかったわ、あの弁護士。やっぱりセキグチマコトは、彼らにとって不都合な存在なのよ。もちろん、和泉もね」 「和泉はまだ、刑事だってことにも気づかれてないみたいだね。和泉に何とか連絡が取れれば、こっちも動きやすくなるんだけど」 「そうね。でもあいつ、携帯の電源も切ってるし――」  ガコンッとエレベータが揺れて止まり、ドアが開く。 「三階? ちゃんと一階のボタン、押しなさいよ!」 「あれ、一階のボタンを押したつもりだったんだけどな」 「つもりでしょ。確信じゃないんでしょ。だからあんたは、いつまで経ってもスペードの三なのよ!」  まだ大富豪の話かよ。葛木は《閉》のボタンを押す。閉まらない。 「開くボタンをしたんじゃないの」 「そんなボケてないって!」  変だ。三階のフロアは電気がついておらず、真っ暗だった。エレベーター内の案内表示を見ると、《改装中、関係者以外立ち入り禁止》とある。故障ーーにしてはタイミングがよすぎる。まさか、罠? 「行くわよ」と夏帆は躊躇わずフロアに出た。 「ちょっと、行くって――」 「階段で降りるに決まってるじゃない!」 「罠かもしれないだろ」 「罠? 上等じゃない!」  夏帆は軽くウィンクをした。「あたしたちを甘く見たやつは、痛い目に合うって教えてあげなくちゃね?」  言うなり夏帆は、エレベーターホールにある消火器を取り上げた。「そんなもの――」どうするんだよ、と言いかけるのを夏帆は目で制し、消火器を片手にぶら下げたまま階段のほうに向かって歩いていく。葛木も静かにあとに続く。 「開けて」と、夏帆は非常口マークの下の扉を示す。葛木がドアノブに手を書けた瞬間、ドアが勢いよく手前に開いた。吹っ飛ばされた瞬間に葛木は、ドアの向こうから男が一人現れたのを見たのだったが、次の瞬間にはガッツーンッと大きな音がして、その男は崩れ落ちていた。夏帆が消火器でぶん殴ったのだった。 「ありがと、葛木」 「知ってたな」 「知ってたんじゃないわよ。予測してただけよ?」  夏帆は言うなり、消火器の栓を抜いてホースを扉の奥に向け、レバーを握った。真っ白な消化液が白煙となって、狭い踊り場を襲う。げほげほっと咳き込んだのが聞こえ、三人の男が真っ白な姿で現れた。 「ねえ、誰に頼まれてこんなことしてるの?」  夏帆が尋ねる。男たちは咳き込んでいるばかりで答えない。うち、一人が何とか立ち上がって「知るかよ」と小さく言い、夏帆に殴りかかった。無謀にも。  男の拳が届く前に夏帆のかかと落しが顔面にクリーンヒットし、男はドサッとその場に崩れ落ちた。 「よかったわね、ハイヒールじゃなくて」  夏帆は言い、そしてくるりと身体を反転させた。背後で体勢を立て直したばかりの男に、夏帆の後ろ回し蹴りがクリーンヒットする。最後の一人は一瞬唖然とし、それからはたと我に返って逃げ出した。が、逃がしはしない。葛木は男に飛びつき、あっさりと関節技を決めて床に押さえつけた。完全な不意打ちだった。どうやら夏帆の派手な活躍に気をとられて、葛木の存在を忘れていたらしい。 「さっ、あんたたちのボスを白状しなさい。どうせ、上にいる弁護士なんだろうけど」  夏帆は屈みこんで、男の顔を覗き込む。男はふるふると首を振った。 「しらばっくれるつもり?」夏帆が吼え、「なんだ、違うのか?」横から葛木が尋ねる。  男は唇をかんで黙り込む。夏帆は威圧的な口調で言った。 「あんたの雇い主にとって、あんたたちはどうせ捨て駒よ。将棋で言えば《歩》よ。たまに出世して《ト金》になれるやつもいるけど、あんたはここでしくじってるんだから出世は無理ね。それより、あたしたちの役に立ったほうが身のためだと思うわ」 「俺、将棋知らねえし」男がボソッと言い、「じゃあ」と夏帆は立ち上がった。 「帰りましょ。しくじったこいつらがどうなろうと、あたしの知ったことじゃないわ」  ひでーな。とは思いつつも、葛木も「そうだね」と立ち上がる。男は「ちょっと待って!」と甲高い声を上げた。 「何よ」 「言うよ。俺たちを雇ったのは、本間じゃない」 「最初からそう言えばいいのよ――って、え?」 「本間じゃないって、じゃあいったい誰だ」  葛木が問うと男は諦めたように息をついた。 「名前は知らない。狐のお面みたいな、鋭い眼をした男だ」 「じゃあ、その男が黒幕ってわけ?」 「知らねえよ。俺は雇われなんだから」  エレベーターのドアが、いつの間にか閉まっていた。一度、事務所のある十六階まであがり、またすぐに降りてくる。本間か。  夏帆は弾かれたように立ち上がって駆け出した。倒れている三人の男に手錠をかけ、葛木も夏帆のあとを追って階段を駆け下りた。  一階まで降りると、夏帆が非常口のドアをわずかに開けて、エントランスをのぞいていた。エレベーターから本間弁護士が出てくる。そのあとに続いて、狐の面のような鋭い眼をした男が出てくる。さっきの男が言っていたのは、あいつか。二人は足早に一階のホールを突っ切り、ビルの外へと出て行った。  夏帆と葛木も即座にそのあとを追う。
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