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ことさらに、強調することではないが絶対に触れてはいけない物がある。 例えば、盛んに燃える炎の中に手を入れればやけどをしてしまう。 「触らぬ神に祟りなし」 神に触れれば怖ろしいことになる。 自らへの戒めか あらゆる物への畏敬の念か <とある祠(ほこら)> 厚い木々に遮られ、木漏れ日さえもほとんどない少し奥のに、はいった山の中。 ある在所。 千人岩と呼ばれるしめ縄でくくられたその岩の前。 一人の女が、膝を付き手を合わせている。 女の髪は何日も手入れをしていないように、ちぢに乱れ、その裾は女の肩をかすめている。 その女の切れ長の瞳に写っているのは、千人岩の真ん中に、人が二人は入れるくらいの暗く洞窟のような少し深い穴だった。 千人岩は、その昔この在所を守る、千人の神が担いでこの場所に運び、千体の物の怪たちをこの岩の中に封じ込めたといういわれからその名が付いた。 少女の時の弾力を失いつつあるだろう女の細い両手首には、千人岩のその場にには似つかわしくないだろう 、漫画のようにデフォルメされたパンダの彫り物がある。 少し黒く薄汚れた白の肌着に、紅の薄いセーターを羽織った女の姿は、何年も古道具屋に手入れもされず放置された、か細いダルマのようであった。 女は小さな声で、 「ササー。」とつぶやくように言った。 すると、少し深い千人岩の穴の中から 「ササー」と声が跳ね返ってきた。 女は視線の先の焦点が定まらぬ様子で立ち上がり、岩の洞穴の中へ入っていった。
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