あらしのよるに

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 ――こいつ、俺のこと好きなのかもしれない。  と、思うことがある。  自意識過剰なのだろうか。いや自意識過剰であればいい。男ばかりの環境だから、こんな発想が生まれるのだろうか。  そもそも、俺のこと好きかも? なんて、俺自身が相手をそういう対象に見ていないと、なかなか出てこない発想だ。  つまりはそういうことだ。  俺はむちゃくちゃ十河のことを意識している。初めて見たときから、背が高くて「カッケーやつ!」と思っていた。そんなやつとそれなりに仲良くなれて、二人きりのときにだけ優しく触れられたら「おっ、どうした!?」て思うだろう?  翌週から、午後の授業はすべて文化祭の準備にあてられた。授業は半ドンだけど、クラスによっちゃ普段の授業よりも遅くまで活動するところもある。ありがたいことに、俺たちのクラスはそこまでじゃない。  うちのクラスの出し物は日比谷案〝女装喫茶〟だが喫茶と言ってもたかだか高校の文化祭で出せる食べ物・飲み物は限られているので、主だった仕事は衣装作りとか、会場の飾り付け作りだ。食材の入荷だとかの管理は、クラス長とかその辺のしっかりした頭の良い子ちゃんグループが担当してくれるので俺にはあまり関係ない。  比較的手先の器用な立候補者数名と、あとは公平にじゃんけんで決められた半分のクラスメイトは衣装作りに回り、被服室に移動していった。  メニューは初日にクラス全員で決めた。コーヒー紅茶サンドイッチというシンプルメニューだ。  開け放した窓から、丁度真下に位置する被服室のミシンの音が聞こえる。服をゼロから作るわけではなく、ベースのワンピースやスカートを改造するのだと聞いているが、それでも家庭科が2の俺にはどうやって服を作るのかまったく想像がつかない。  日比谷と、装飾用の紙の花を作りながら「すっごいフリフリだったらどうするよ?」と話を振ってみた。言い出しっぺの日比谷はどうするんだろう。勿論着るだろう、だって着ないなんて許されない。  衣装が完成したときの真田の顔を想像するのも面白いが、日比谷の反応も楽しみだ。衣装デザインは、衣装係に完全お任せ状態だ。俺たちは、完成するまで、デザインすら知らない。日比谷さえもギョッとするような、とんでもないデザインであればいいと意地悪に思う。  しかし日比谷は気にする様子もなく「いいんじゃねえの。さぞ見ものだろうぜ。真田が」と、にやにや笑った。  何と言うやつだ。  真田が哀れでならなかったが、ついつい俺も噴出してしまった。実際、俺も日比谷も真田も、身長はあまり変わらないが、比較的細身の俺と日比谷は女装だろうと何だろうと、それなりに見れる(・・・)仕上がりにはなるだろうと、タカを括っているのだ。 「あ、ちょっと、日比谷。それ花やぶけてるって」 「うっせー。細かいトコは気にすんなよ」  俺がようやく三つ目の花を作り終えたとき、日比谷は五つ目に手を伸ばしていた。作業が早いのは結構だが、花がところどころやぶけてる。 「いいじゃねえか、花びらの数増えて。山田もそんな変わんねーよ」 「変わんなくないし、よくないっつーの。汚ねー」  日比谷は不器用では決してないけれど、少々ずぼらなところがある。その気になれば何でも器用にこなすが、大概のことはずぼらだ。  そのときクラスメイトの誰かの「ああ、十河じゃん」と言う声が聞こえた。俺は、どきっとした。 「おう、日比谷。やっとるやん」 「お、十河。何だよ邪魔しに来たのか?」 「遊びに来たんやん」  十河は、のらりくらり、と日比谷の机に近づいた。俺は飾り作りに没頭するふりをして、ちらりと十河を盗み見た。十河は「うーわ、これはヒドイ」と、日比谷の作った花を摘み上げた(ほら見ろ!)。日比谷はムッとしたらしく「うっせえー」と、十河の手にある花をぶんどるように取り戻す。 「つうかお前自分のクラスはいいのかよ。こんなとこでサボってる場合か」 「俺が手ェ出す前に全部クラスのヤツがやってまうんよ」  十河はそう言って肩をすくめた。  それからしばらくの間、十河はじいっと日比谷が紙をめくって花を作っていく様子を見つめていた。しかし段々イライラしだした日比谷が、十河にまだ未完成の花を押し付けた。 「おめーもやれ!」  十河は退屈をしていたのか、嫌な顔一つせずに、輪ゴムでくくった沢山の紙を丁寧に丁寧に広げはじめた。こいつの指は、綺麗だ。この指のどこがどうスポーツマンなのか。白い。白くて、長い。その白くて綺麗な指が、機械的に、だけど美しく、動く。  しかし、あまりにも見つめ過ぎていたため「俺が十河を見つめている」ことに「気付いた十河」に気が付かなかった。じっと見つめていた指の動きが止まって、なおも見つめ続ける俺を、今度は逆にじっと見つめられる。ふ、と視線を上げれば、花を広げる手を止め、俺を見つめる十河の切れ長の目と目が合った。 「山田見過ぎ」 「べ、別に……見てないけど」  気付かれたのだ。ただ目が合っただけではない。見つめていたところを見られて逆に見つめられてしまった。俺は慌てて視線を手元に落とす。  しばらくして感じていた視線が消え、かさかさと紙をめくる音が再開した。 十河の視線もまた、手元の花に戻ったのだろう。  かさかさと言う音に混じって、時々、ビリッと言う音も聞こえる。間違いなく、間違えようもなくこれは日比谷の出す音だろうけど。 「うぉ、十河お前器用だな」  感心するような、ちょっと悔しがるような感情の織り交じった日比谷の声を聞きながら、俺はもう十河を見ることはできなかった。  つーか、お前が下手すぎるだけだっつーの。
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