あらしのよるに

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 文化祭が近づいてくると同時に、台風も近づいきた。  今日は文化祭前日だと言うのに、朝から天気が悪かった。父さんがニュースを見ながら「今夜台風がくるぞ」と言った。俺は普段からニュースなんて見ないから、台風が接近してくることすら知らなかったのだけれど、窓から見える空模様は分かりやすいくらいに怪しい。  文化祭はどうなるのだろう。  学校へ行くと、生徒会の役員やその他諸々、文化祭実行委員の生徒や先生、朝練のため早くから学校へ来ていた部活動の生徒たちまでがかり出され、設置した舞台や垂れ幕など、せっせと取り外している。  ああ、台風対策か、なんて思いながらぼんやりその光景を眺めていると、その中に十河の姿を発見した。相変わらずやる気のなさそうな面して、のらりくらりと歩いていた。  隣には日比谷がいて「ったく何で俺が~」なんてぶちぶち文句を言っている。文句を言いつつも両手にマイクスタンドを持って運んでいた。今日は朝練はないはずだから、たまたま実行委員か先生に取っ捕まって手伝わされているのだろう。 「あ! おい! 山田!」  いかにも「しめた!」って感じの目をした日比谷に見つかった。マズイ、と思ったときにはもう遅い。気付かないふりをしてさっさと教室に入ってしまえばよかったのだが、バッチリ目が合ってしまった。 「おい、これ、裏の体育倉庫まで運んでくれよ! 取り出しやすい位置に置いとけよ!」  そして日比谷は俺の手にスタンドを押し付けると、疾風のごとく去っていく。 彼の向かう先には、二年生の後輩水泳部員の綾瀬がいた。十河と同じくらい体が大きいその後輩は、重そうな長テーブルを一人で軽々と運んでいる。日比谷が綾瀬にまとわりついて、手伝おうとしているようだ。しかし俺とあんまり身長の変わらない日比谷が手伝うより、綾瀬が一人で運んだ方が早そうだ。……あそこ、なーんか妙に仲がいいんだよな。  台風の影響なのか、心なしか普段よりも強い風に背中を押される。 「日比谷は仕方ない奴やな」  十河がぽつりと呟いた。俺からすりゃ、お前も仕方のない人間だ。日比谷から押し付けられたマイクスタンドが六本に対し、十河は片手で二本を引きずるように持っている。十河が「はよ行こ」と空いている方の手で、俺の制服の裾を引っ張った。  スタンドは、それなりに重かった。一つ一つは大した重さじゃないけれど六本も持ってりゃ、そりゃー重い。おまけに登校してきたばかりの俺は鞄も持っている。腕をぷるぷる震わせる俺に対し、十河は軽々と二本を掴み、俺の制服を裾を引っ張る。 「何、手伝って欲しいん?」  恨みがましい目で見ていたのかもしれない。  切れ長の目を細め、にやにやしながら十河が言った。 「……べっつに~」  つんとしてそっけなくしたつもりだったが、十河は「山田は素直やないな」と柔らかく笑っただけだ。そしておもむろにスタンドを俺の腕から取り上げた。 「え? ちょ、十河! ちょっと!」  そしてそれらを一纏めにすると、ひょいと肩に担いだ。おいちょっと待て。さっきまでたった二本をだるそうに引きずっていた奴が、何で。 「一緒にいこ」  そして十河はあいた方の手で、俺の手をとって歩き出す。  これが「思わせぶりな態度」以外の何だって言うのだろう。  校庭にいる生徒たちは、みんな自分の仕事に追われている。人気のない体育倉庫に向かっている俺たちのことなんて、気付いていもいない。  俺は十河に手を引かれるままに、体育倉庫に向かった。  なあ、あんたは俺のこと好きなのか?  好きならもっと分かりやすい態度にして表して欲しい。言葉にして欲しい。俺が問い詰めればいいのだろうか。お前俺のこと好きなのかよ、って? 俺のこと好きならそう言えよ、って? いや、そんなのは絶対に嫌だ。俺にはそんなこと言えない。  いつも、のらりくらりと物事をかわし、飄々としている変なやつ。体育と部活のときだけ、めちゃくちゃカッコいい。そんな十河が何考えてるのかなんて、俺にはさっぱり分からない。
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