epilogue

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その時、ベンチの奥の茂みから(ほの)かに林檎の匂いがしたような気がして、私は振り返る。 緑色をした沢山の葉に囲まれ、赤い色の実がたわわに実っていた。 「……あのね。前から思ってたんだけど、この実って――――」 「『ロサ エグランテリア』のローズヒップだな。今、一瞬、香った気がしたけど、葉っぱから林檎の匂いがしてるんだろ。この奥側って、確か『ローズガーデン』になってたから」 「……ねぇ、昴君。無事、大学に合格したら、ここの『ローズガーデン』に一緒に来ない?」 「ああ」 県立公園内の木々による穏やかな木漏れ日の中、私達は勉強する為に中央図書館へと向かう。 「二人で一緒に……。……貴方と、あの『ロサ エグランテリア』を見られるなんて――――。本当、夢みたい……」 リュックの肩紐を両手でぎゅっと握り締めながら、小声で呟いた。 アンジュの記憶では、セラと離れてからというもの、一度も、あの『ロサ エグランテリアの庭園』に立ち入ることは無かった。 マヌタ王國と連合諸国との戦時中は『セラが無事に帰ってくる迄、絶対に一人では庭園に行かない』と願掛けにも近いものもあり、気分転換でカサドラと側から庭園を見るだけだったが、セラが亡くなってからは、例えカサドラと一緒でも、側で見ることですら無理になった。 執務室から、あの庭園を、ただ遠目に眺めるだけしか出来なくなった。 あの時、全てを諦め封印する以外、他に(すべ)が無かったことが脳裏をよぎり、目尻に涙が浮かぶ。 「……夢じゃないよ。だから、杏。来年の春、二人共、合格して絶対に見にこよう」 私の言葉が聞こえていたのか、昴君はそう言うと私の頭を優しく撫でた。 ――――私達は。 エピリ王国の『アンジュ姫』と『セラフィナード=フォン=シェザート』の二人の記憶と想いを抱えたまま、『中山杏』と『仲林昴』として、今のこの世を生きていく。 これからも、ずっと一緒に――――。 私の想いに呼応するかの如く、奥にある『ロサ エグランテリア』の葉が風に揺れ、再び林檎の匂いが微かに届いた気がした。 【Fin】 2024.11.26
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