窓明り

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 夜。  暗所は怖い、明所は安心。それは人間の根源的で本能的な反応である。  真っ暗な道を怖々と歩き、街灯があるとほっとする、という経験は誰もがしたことがあるだろう。  もちろん、一般的な人間であるところの僕も、その経験をしたことはあった。  しかし、暗い夜道において安心させてくれるものは、必ずしも街灯だけではないと思う。たとえば、民家の窓から漏れ出る光。その柔らかくて温かい光は、ひとりぼっちの夜道に安らぎを与えてくれて、ふっと緊張を解いてくれる。  しかし、その光が与えてくれるものは、必ずしも安心感だけではないと思う。時として、暗闇以上の不安や恐怖を僕にもたらすということを、僕は経験上知っていた。それはまるで、明るい部屋の押入れの戸の隙間のように、目を離すことのできない根源的恐怖を掻き立てることもあるのだった。  彼女の部屋は、僕の家と学校とのちょうど中間点付近にある家の二階にあった。  ……一旦落ち着いてほしい。僕はストーカーではない。  僕はその所在地を、倒錯的な手法で知ったわけでは決してない。直接彼女の口から聞いて知ったのだ。一旦、その手に持っている電話機を置いてほしい。 「私の家、ここなんだ。それで、あの窓のところが私の部屋なんだ」  初めて学校から二人で帰った日、自宅の前で「じゃね」と言って別れる寸前に、彼女は僕にそう教えてくれたのだった。  彼女の家はよくある一般的な、若干新そうな一軒家だった。その日はもう日が落ちていて、一階部分の部屋の窓からは温かい光が漏れていた。彼女の部屋は真っ暗だった。カーテンが閉まっているようだったが、その色まではわからなかった。  それからというもの、学校から家に帰るときはどうしても一度彼女の部屋に目をやるようになってしまった。彼女の家は学校から僕の家までの最短距離上にあって、わざわざ避けて通ることもなかったため、僕はほとんど毎日彼女の部屋の窓を見ていたことになるのだと思う。  僕はほぼ毎日部活があり、暗くなってから帰ることが多かった。なにぶん田舎のため、夜道に街灯はまばらであった。その中で目に留まる彼女の部屋の明かりは、まるで砂漠のオアシスのように感じられたのだった。  彼女も部活には所属していたが、週の活動日数は僕ほど多くはなかった。そのため、彼女が部活の日には一緒に帰り、彼女の部活が休みの日には彼女の部屋の窓明りを見つつ帰る、というパターンが習慣化していた。だから、僕と彼女が付き合い始めるのにそう時間はかからなかった。彼女の家の前で、僕から好きだと告げて始まった交際だった。彼女は僕にとって初めての交際相手だった。  僕が彼女と初めて同じクラスになったのが高校二年の時で、彼女と付き合い始めたのが高校二年の七月だった。それはちょうど夏至を過ぎて間もない頃で、まだ明るい時間が長かった。僕が彼女に告白した時も、まだ明るい時分だったと思う。照れる彼女の顔がよく見えた。「夕日のせいだよ」と誤魔化していたのが愛おしくて、思わず抱き締めそうになって制止されたのだった。  付き合い始めてから見る彼女の部屋の窓明りは、それまでとはまた違った表情を見せ始めた。そこに彼女がいるのだと思うと、まるで丁寧に包装されたプレゼントのように、温かさと高尚さ、そして少しの恍惚を感じたのだった。
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