第1話 報徳の旅 (一)

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第1話 報徳の旅 (一)

 e93e5b8b-0df9-4cbb-8b78-95c0e822e4ef    児童文学と言えば、例えばグリム童話なんて有名だ。  ドイツ人であるヤーコプとヴィルヘルム兄弟が作り上げたそのメルヘン集は聖書に並ぶほどの多くの人間に読まれ、民話収集のモデルとして絶対的な地位を確立しているらしい。    グリム童話以外ではマザー・グースも有名だろう。  種類の豊富なマザー・グースはシェイクスピアと並んで英米人の教養の基礎となっているらしく、現代の大衆文化においても、未だ引用や言及が頻繁になされているとか。    あとはアンデルセン童話というのもある。  代表作である人魚姫やマッチ売りの少女を始めとした珠玉の作品は、グリム童話と並ぶ童話の古典として今も尚、全世界の子供達に読み継がれているという。    そのほかにもイソップ寓話だったり、ペロー童話集だったり、桃太郎や一寸法師などの日本のおとぎ話などもあるが、しかしそんな有名どころを差し置いて、今、日本で注目を浴びてきているのが、   《フェアリーテール・オブ・セレスティア――通称、フォスの書》    と呼ばれる童話集だった。  人間とモンスター、科学と魔法、つまりリアルとファンタジーが共存するセレスティアワールドを舞台として創作されたその童話は、その和製RPG的な壮大な世界観からか、市場に出回るや否や子供達の心をあっという間に鷲掴みにした。    斯く言う俺も、いい歳こいて(十五歳だが、童話を読むにはいい歳だ)その内容に引き込まれた一人なわけなのだが、実際あれは心を魅了するモノを持っていた。  ところでこの《フォスの書》だが、市場に出回っていない《超越のフォス》というのが存在する。その《超越のフォス》の内容はほかの《フォスの書》とほとんど同じなのだが、しかし絶対的な高次に存在する特殊な力を秘めていた。    二週間前の下校時、学校のベンチに置かれていた《超越のフォス》を拾った俺。  その時は思っても見なかった。まさかあのような、世界の(ことわり)を真っ向から否定するような非日常的な展開が俺を待っていただなんて、さ――。    📖       放課後のホームルームが終わると、にわかにクラスが活気づく。  勉学という抑圧から解放され、待っているのが《部活》に《帰宅》に《友達と談笑》の三択になればどこのクラスだってこんなものだろう。ちなみに俺はその中の《帰宅》なのだが、今日に限っては違った。    廊下へと出る俺は、目的地に向かいつつバックから一冊の本を取り出す。  それは、表紙と背表紙にカタカナで《フェアリーテール・オブ・システィニア》と書かれている以外に目立った装飾ない、緑色を基調としたシンプルなA四サイズの童話集。しかし厚さ六センチのハードカバー、それも布張りの上製本ということで、全く安っぽさを感じさせない上質な雰囲気を醸し出していた。    つまり高級本である。従って価格だって3000円を超えたって不思議ではないのだが、この本は違った。税込980円という利益を完全に度外視したような価格だった。  そのおかげか、この一巻から七巻まで出ている《フォスの書》は、魅力的な内容も相俟って主な対象である子供達にバカ売れしており、今現在、ハリーポットン並みのベストセラーとなっているのであった。  そんな大人気本の一巻をベンチで拾ったのが一昨日の金曜日。  俺自身、購入して持っていたので敢えて中身までを見ることはなかったのだが、その裏表紙を見た時、「あれ?」と首を傾げていた。そこには、俺の所有している本にはない魔法陣のようなものが描かれていたから。  限定版か……? と推測する俺は、次に魔法陣の下に書かれた文字を読んだ。   【復元者たる汝の名をここに】【六条(ろくじょう)しとね】    それはどちらも手筆だが、明らかに筆跡が違った。    六条しとね――。  この学校の誰かだろうか……と思案しながら俺は結局その《フォスの書》を家に持ち帰ってしまったのだが、当然拾った物は持ち主に返さねばならない。よって俺は月曜日の今日、六条しとねなる人物が何者なのかも分からぬまま、拾った《フォスの書》をバックに詰め込んで学校に持ってきたわけなのだが、 『そういえばさ、地下室のあそこって部室としても使ってるらしいね。《復元部》だっけ? 六条って人が部長みたいだけど、あんな所で何の活動してんだろ』    そのクラスメイトの一言で、一気にその六条しとね嬢に近づいたのだった。  📖  「……ここか?」    その部屋は確かに部室として使われているらしかった。  眼前のドアに《復元部》と書かれた紙が貼られているのだから間違いないだろう。  しかし何故、敢えてここなのだろうか。  そこは使わなくなった不用品を保管するためだけに使っている部屋であり、場所は一年生のクラスがある一号棟の地下。  地下室と聞いただけで、カビ臭い、埃まみれ、クモの巣、狂暴なネズミ、幽霊、監禁、死体に殺人鬼など、一瞬にして、そんな眉を潜めたくなるようなファクターが脳裏に呼びこされるが、ここはホラー映画の中ではなく学校だ。しかも普通が売りの我らが宇山高等学校である。狂暴なネズミ以上のファクターが具現化したらそれは達の悪い夢だろう。  なんて事を考えながら、俺は《復元部》のドアをノックした。 「すいませーん」  しかし反応はない。  今は放課後であり、クラブ活動の時間。《復元部》の活動内容は全くもって不明だが、活動しているならばこの部屋にいるのでは……とドアノブを回してみると、ガチャリと音を立てて地下室への入り口は開いた。  恐る恐る中に入る俺。すると蛍光灯に照らされた雑多な不用品の数々が出迎えてくれた。     傘立て、物置棚、車のタイヤ、自転車、洗濯機、パソコン、オルガン、マネキン、ピッチングマシン、人体模型、奇っ怪な生き物の着ぐるみなどなど。  使わないなら粗大ゴミとして回収してもらえばいいのに――と俺は、一応通路として確保されているらしいスペースを左へと進んでいく。するとそこで開けた空間へと出た。     教室ほどの大きさであるその空間は先ほどの不用品コーナー(そちらも教室ほどの大きさはあった。つまりこの地下室は教室を二つ連ねたくらいの広さという事になる)の乱雑さとは打って変わって整然としており、明らかに人が使用しているといった感じだ。 「すいませーんっ、誰かいませんか?」
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