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第4話 報徳の旅 (四)
俺は再び《復元部》の前へと来ていた。
昨日の今日で来るとは思わなかったが、さて、六条さんはここに俺を連れてきて何をする、或いはさせるつもりなのだろう。全く予想が付かな過ぎて、えーい、儘よ、どうにでもなれって感じだ。
「さあ、どうぞ、蒼井さん。どうやら部員も全員集まっているみたいですので、すぐに蒼井さんに付き合ってもらった理由をお話しますね」
六条さんに先導されて例の区画化された空間に足を踏み入れると、昨日見知った三人が一斉にこちらに振り向いた。
伊達政宗を先祖と思い込んでいる哀れな中二病患者、独眼竜すもも。
くっちゃ寝が趣味っぽいのほほんとした癒し系天然娘、御巫女獅のん。
レトロゲームが好きな190センチメートル級の巨人、畑田げんごろう。
各々の有意義スペースで各々のやりたいことをやっていたらしい彼等を見る限り、まるで昨日からずっといるのではという錯覚すら覚える。特に御巫女獅先輩、ここに寝泊まりしてませんよね?
「あれえ? あなたって昨日の……えっとぉ、中野かつお君だっけ?」
「いや、蒼井りくです。誰ですか、それ」
そんな御巫女獅先輩の天然丸出しの誤りをビシッと訂正する俺に、今度は定清の子孫が食ってかかってくる。
「また来たのか、貴様っ! 今度は何を盗みに来たっ!? はっ、まさかこの私の大業物、桃天丸を盗みに来たのではあるまいな!?」
「いらねーよ、そんな汚い竹刀」俺はズバッと言い切り独眼竜との会話を終了させると、進撃しそうにない巨人に声を掛けた。「よお、畑田、《サラマンダーの塔》は進んだか? ニ十五面のボス、モンジャジャンが倒せないなら俺が倒し方教えてやってもいいぜ」
「モンジャジャンなら昨日倒したよ。あいつの投げるダイナマイトの攻撃範囲が広すぎて苦戦したけどな。……って、あれ? 蒼井君ってレトロゲーム好きだったりするの?」
「まあな。ある芸能人ゲーマーに心酔して以来、俺は荘厳なオーケストラよりチープな電子音に心奪われる」
「え? ある芸能人ゲーマーってもしかして有馬次長のことか? だったらおいらも毎週見てるぞ、《ゲームバスターBX》」
「やはり同士だったか。ならば共に……ゲームバスター……ビィエェックスッ!」
有馬次長とは《ゲームバスターBX》というゲームチャレンジ番組のMCを担当しているお笑い芸人だ。毎週チャレンジャーとして、主にワイコンのゲームソフトを全面クリアするまでプレイするのだが、その諦めない姿勢と人柄の良さで一部の熱狂的なファンを得るに至っていた。
満面の笑みの畑田が出したグーサインに俺が同じ合図で答えたところで、六条さんが口を開いた。
「まず、皆さんに報告があります。すでに存知のことだと思われますが、わたくしの所有する《フォスの書》が無事手元に戻りました。ベンチに置き忘れたのが紛失の理由なのですが、どうやら《フォスの書》を横に置いて転寝をしたのがいけなかったようです。チャイムで起こされた時、わたくしの頭は次の苦手な科学の授業のことでいっぱいで……いえ、言い分けはいけませんね。全てはわたくしの粗忽さがいけないのですから。以後、これを教訓として徹底した《フォスの書》の管理を心掛けていきたいと思います。
さて話は変わりますが、皆さんに一つお願いがあるのです。出来れば皆さんの了承を得たいと思っているのですが……あの……えっと、ですね」
六条さんは俺を横目にする。すると意を決したようにこんなことを口にするのだった。
「ここにいる蒼井さんに我がクラブに入部して頂きたいと思っているのですが、よろしいでしょうか?」
「は!?」
それは言わずもがな、俺の素っ頓狂な声だ。
付き合ってと言われて部室に来てみればクラブに強制入部って、絵画商法の悪徳美人販売員でもそんなに段取りをはしょらないだろうに。ここでいう段取りとはクラブの活動内容の詳しい説明に外ならないが、ぶっちゃけ不用品の修理についての詳細な説明なんて聞きたくもない。興味なんて微塵もない。
だから俺は「いや、不用品の修理とか無理だから」と正直に述べた。
「あ、その……実は不用品の復元というは表向きの活動内容でして、実は違うのです。つまり嘘を言ってしまったのですが、それはわたくしに迷いがあったからなのです。でも今はもう……」
六条さんが俺を見詰めている。宝石のように耀う瞳がまっすぐに俺を。
「しとね、今の本気なのかっ? こ奴を入部させるというのはっ!? 夢に導かれていないこ奴に入部する資格が……ははあ、なるほどそうか、こ奴は下僕として入部させるのだな。ふふんっ、ならばまずは儂の草履を舌で丹念に掃除しろ。そうしたら……あっ」
俺は独眼竜が差し出した足から草履(何故、草履?)を脱がすと、不用品が積まれた空間に投げ捨ててやった。結構奥のほうにいったぞ。探すのは難儀だな、あれは。
赤い顔してプンスカと激昂している独眼竜はさて置き、
「おいらは大歓迎だな。だってレトロゲーマー仲間だしな。断る理由がないってもんだよ、うん」
「私も歓迎しまぁす。四人より五人のほうが賑やかだし、それにしとねちゃんの大事な《フォスの書》を届けてくれたしね」
と歓迎ムード一色のこの二人だが、さて、俺は一体どうしたらいいんだ。
「良かった。では蒼井さんにはこれから我がクラブで力を発揮して頂きたいと思います。あの、それでいいでしょうか? それとも、駄目……ですか?」
子犬が何かを請うような上目遣いの六条さんに、俺は言う。
「い、いや、駄目っていうか、俺の意思が普通に置いてけぼりにされていて驚いた。……で、入部の話だが、まずどうして俺を入部させたいのかを聞きたい。何故だ?」
「そ、それは……」と俯く六条さん。そして三秒後に顔を上げると、今思いついたかのように「それは活動する上で部員がもう一人必要だったからです。そしてできれば男の人がいいなと思っていたところで蒼井さんと出会った……のです」
そんな条件、合致する奴がほかにもごまんといるのにどうして今日出会った俺なの? という新たな疑問が沸くが、まあいい。次の質問にいくとしよう。ここが最も肝要だ。
「じゃあさ、本当の活動内容を教えてくれないかな。それを聞いてから俺が首をどう振るか決めるものなんじゃないの、普通」
だが心中で言っておく。俺はそう簡単に帰宅部ライフを手放す気はない。だってバイトができるからな。お金の魅力に抗うことのできるクラブ活動なんてあるものか。
「す、すいません。確かにそうですよね。わたくしったら何を……あ、では早速、活動を円滑に行うための体験をしてもらいたいのですが、宜しいですか?」
「体験……?」
周囲を見渡す俺の視界で体験できるものといえば、ゲーム、打ち込み、読書に食っちゃ寝辺りだが、どうも違うような気がする。ならばと後ろを見ても不用品が置かれているだけでクラブとして体験できそうなものはない。うーん、取り敢えず活動内容を教えてくれないか?
「申し訳ありません。説明は無意義に時間を浪費するだけですので、今の段階でするつもりはないのです。手前勝手で非常に心苦しいのですが、こればかりは従っていただくしかありません」
「説明できないものを今から体験しろってか。まるで箱に入っている蛇だか蠍だかを目隠しして触るような心境だな。……分かった。いいぜ」
恐縮している六条さんを前に俺は素直に従った。その六条さんはほっとしたように表情を緩めると手提げ鞄から《フォスの書》を取りだす。するとその《フォスの書》を、裏表紙の魔法陣をこちら側に向けて「頼みます」と御巫女獅先輩に渡した。
「はあい。気を付けてね、しとねちゃんに蒼井君」
「大丈夫ですよ。跳躍するのはわたくしのお気に入りのスポットですから。何の危険もありません」
日本語で為される意味不明な会話に俺は小首を傾げる。そんな俺の手を六条さんの白魚のような手がそっと掴んだ。それもまた意味不明なり。
「え、何?」
「こうしないと一緒に跳躍できないのです。では、いきますね」
と言う六条さんは残った右手で魔法陣の中心に触れた。そして――。
「ニィス・フォー・ニィ――六条しとね。フィーレン・シス・ドューヌ――風になった少年。サイ・ハールド・トュー・コゥン――第一章、第十五段落…………」
目を瞑って詠唱らしきものをしたと思ったら最後の、
「セレスティア・二ィス・フォー・ファーサルィンッ!」
で、光輝を放つ魔法陣の中へと俺を引き摺り込んだ。
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