第3話 報徳の旅 (三)

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第3話 報徳の旅 (三)

「それをすももたんには言わないように、な」     声のしたほうを振り返ると、熊のようにでかい人間が立っていた。いや、それは誇張し過ぎだが、横幅があって身長190センチくらいの人間が眼前に仁王立ちしていたら、その例えもあながち間違いとは言い切れないだろう。で、誰だ? ここの部員か?   「そうだよ。《復元部》の部員ナンバー03、一年の畑田(はたけだ)げんごろうだよ。ところで君こそ、誰?」     畑田げんごろうなる大男が俺を眼下に捉えて問い掛ける。体格からして威圧的でもおかしくないはずなのだが、ぼさぼさの坊っちゃん刈り且つ柔和な顔がその全てを相殺していた。  入学して一カ月半経つが、独眼竜といいこの畑田といい、その目立つ外見でよく俺の未見の同級生でいられたものだ。     俺は畑田に名を名乗ると地下室まで来た用件までを話す。そして逆に問い掛けた。   「で、何で言っちゃいけないんだ? まさかあいつ知らないのか? その事実を」   「知ってるはずだよ。でもそれを受け入れられなくて伊達政宗が先祖だって思い込んでいるうちに認識がすり替わってしまったみたいなんだなー。だからすももたんの中では、伊達政宗が先祖なのさ。ちなみに本当の先祖は独眼竜定清っつー、農民らしい。あ、ちなみにこれもお口チャックだぞ」   「そうか。本人がよければそれでいいが、なるべく他人に迷惑をかけないでほしいものだ」     俺は打たれた手首を摩りながら独眼竜を眺める。  タイヤで出来た打ち込み台に、名前の付いた技らしきもの一心不乱にを打ち込んでいる独眼竜だが……、おい、その眼帯もどうせ伊達政宗を気取って付けてるだけなんだろ? この中二病め。   「そっかー、《フォスの書》が戻ってきたか。これでしとねたんにも笑顔が戻るってもんだよ。いやー良かった良かった。さてと、俺は《サラマンダーの塔》の続きでもやるかな。じゃ。えーと、蒼井君」   「ん? ああ」   《サラマンダーの塔》……か。二十五年前にワイワイコンピューター、通称ワイコンで発売されたアクションRPGの名作だ。それを畑田が例のブラウン管テレビで今からプレイするという。横に座ってプレイを眺めたいという欲求に駆られるが、俺の立場でそこまで出しゃばる気はない。   「御巫女獅先輩、悪いんですけど、これ六条さんに会った時に渡しておいてもらえますか。別に俺の名前とか言わなくていいんでお願いします。それじゃ、失礼します」   「え? ああ、はあ……」  俺は(きびす)を返して、きょとんとした御巫女獅先輩をあとにする。  結局、《復元部》が何を目的とした部活なのか判然としないままだったが、敢えて聞くほどにそれに関心を抱くことはなかった。個人的な趣味を寄せ集めているだけのクラブのようにも見えるが、そんな目的意識のない活動がクラブとして認定されるわけでもない。つまり、よく分からないクラブというのが結論。  では一体、《フォスの書》に書かれていたあの一文はなんなのだろうか。  復元者を名乗る六条さんが《復元部》の部長である以上、《フォスの書》に関係のあるクラブだとは思うのだが……。     うーん、やっぱりよく分からない。  六条さんにでも会えれば分かるんだろうけれど。  📖       その漠然とした(おも)いは次の日に叶った。   「あの、あなたが蒼井りくさんですか?」     ホームルームが終わり、さて帰ろうかというところで俺は見知らぬ女子生徒に話し掛けられた。校章は緑。一年らしい。   「そうだけど……誰? で、何か用か?」     一瞬、声に詰まる俺。  正直に言おう。俺は緊張していたのだ。  それはそうと、その女子生徒がはっとしたような顔で俺を見詰めている。やばい、鼻毛でも出ていたか!? 「あ……し、失礼しました。わたくしは名を六条しとねと申します。用件と言うのはほかでもない、《フォスの書》の件でお礼を述べに来たのです。今日、我がクラブに属する御巫女獅のんという先輩に聞きました。あなたがわざわざ部室まで届けにきてくれたと。あの《フォスの書》は私にとって、とても大事なものですから本当に助かりました。ありがとうございます」     恭しく頭を垂れる、正体の明らかになった六条しとね嬢。  一見して瑕疵の見当たらない見目麗しい顔。櫛通りの良さそうな艶やかなロングヘア。透明感のある白い肌。心地良く清らかな香水の香り――。    俺の緊張した理由がそれらを加味した六条さんの淑やかさだったことを考えれば、それは彼女にとって当たり前の物腰なのだろう。しかし驚いた。こんな、世に溢れる穢れとは全く縁のなさそうなお嬢様然とした女子生徒に話し掛けられるとは。  匿名でいいという要望を無視して名前を言ってくれた、御巫女獅先輩に感謝である。   「そんなに大切な物なのか、《フォスの書》って? だって千円でお釣りがくるような本だぞ。……ああ、そうか。六条さんの《フォスの書》ってやっぱり限定版なんだ。あの裏表紙の魔法陣は俺が持っている《フォスの書》にはないしな」 「え? 蒼井さんも《フォスの書》をお持ちなのですか?」  なんとなく嬉しそうな六条さん。ところで、《フォスの書》は高校生でも持っている人間はたくさんいるんじゃないのか? だってベストセラー本だしな。   「そ、そうなのですが……その、話が合いそうだなと思いまして。それと限定版なんだとおっしゃいましたが……ええ、その、それで合っていると思います。只……あ……いえ、なんでも……」     なんだか要領を得ない六条さんは瞬きを繰り返すと俺から目を背ける。  訪れる無言の時間。次は俺の番だろ。おい、何か話せ、俺――。   「えっ……と、さ。ところで《復元部》って何の活動をしてんの? 部室を見た限りその活動が判然としなかったんだが」     それは、昨日は然程気にならなかった疑問。しかし六条しとねという人間を知った今、当たり前のように好奇の対象に昇華していた。   「それは……あの、こ、壊れた不用品とかをまた使えるように復元して、います。だから《復元部》……なんです」 「そ、そうなの? 確かに乱雑に物が置かれてはいたけど……そんなクラブなんだ」 「はい、ええ……そんなクラブです。つまんなそう、ですよね」 「はぁ、まあ」  つまらないかはともかく、復元とはつまり修理ということなのだろう。そうであれば、六条さんの答えは理にかなっていると言えばかなっている。しかしどことなく歯切れが悪い。もしかしたら何か隠しているのかもしれない。瞬きの多さもその疑念に拍車を掛けていた。     気になる――。只、何を隠しているのかと俺が追及するのは踏み込み過ぎのような気がした。なのでそれは止めて、元々気になっていた事柄を聞いてみることにする。   「そっか。……じゃあさ、《フォスの書》とはなんの関係もないわけ? 六条さんが復元者だって書かれていたけど」   「……っ!」     すると何故だろう、六条さんは声とも呼吸ともつかぬ音を口から漏らすと両目を見開き、その瞳を動揺からなのか左右に揺り動した。 どうやらこっちの質問も相当踏み込んでいたらしい。   「ご、ごめんっ、余計なことを聞いたみたいだね、俺。あー……えっと……じ、じゃあ、俺帰るわ。《フォスの書》見つかって良かったな。それじゃお先に、六条さん」     大いに焦った俺は早口で述べると、廊下へと向かう。  だがしかし。 「あのっ、蒼井さん……!」     と俺は六条さんに呼び止められた。  見向く俺と目の合った六条さんは一瞬、その目を背ける。そして再び視線を交わすと、頬を僅かに赤らめながらこう述べるのだった。   「もし不都合でなければ、このあとわたくしに付き合ってもらえませんか?」
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