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このあたりは昔は林業が盛んだったそうだけれど、今では高齢化が進んで間伐や下草刈りができずに荒れ放題になっている山がほとんどだ。資源として有効活用できていない現状を見ると勿体ないなと思うし、放置されているがゆえに倒木や土砂崩れが起こっているところもあって台風や大雨の時は危険を感じる。
そう言う私だって若い頃は山の手入れについてまったくの無知・無関心で、都会に憧れて村を出て行った若者の一人だった。
Uターン就職なら何とかなるだろうという考えは甘かったようで、今日の面接の感触も絶望的だ。クリスマス一色に彩られた街中を走っている間はまだ微かな希望に縋りついていられたのに、車が山道に差し掛かる頃には陰鬱な気分になっていた。今夜あたり雪が降るかもしれない。
どの会社の面接官も言うことは同じだった。「本当に雪が積もっても村から通えるんですか」と。そのたびに「何とか通えると思います」と答えていたけれど、自信の無さが言葉にも表情にも表れているのだと思う。
一度粉々になった自尊感情はなかなか元には戻らない。また一つ吐いたため息で、車の窓が白く曇っていくような気がした。
と、その時。道端に見慣れない真っ赤な看板が立っていることに気付いた。白い文字で『モミの木売ります』と書かれてあって、緑色の木の絵も描かれていたけれど、どう見てもモミの木には見えない下手くそな絵だ。
他の車が通らないことをいいことに、私は車から降りて看板を見に行った。『この先右折500メートル』と矢印も書いてある。この先右折? あそこは行き止まりだったはずなのに。
高卒で村を出て十年。こんな寂れた村にも、十年前にはなかった新しい建物や道ができていたりする。行ってみようか? ほんの少しの好奇心が沈み込んでいた気持ちを浮き立たせた。
大体、『モミの木売ります』ってどういうことだろう。モミの生木を販売しているということだろうか。あの巨大な木を? 誰がわざわざ買いに来るというのだろう。
車に戻ってナビに表示された時刻を確認した。大丈夫。大志はまだお昼寝中のはず。私はハンドルを右に切って、通い慣れた細い脇道に入って行った。
十年前は自転車で通っていた道だけれど、車で通ると思ったよりも狭い。道の両端に伸びたススキの穂が、傾きかけた冬日を浴びて白く光っていた。
道の突き当たりに建っていた古い平屋は、おしゃれな北欧風の家に変わっていた。パーキングと表示されたところに車を停めて、先ほどと同じ『モミの木売ります』の看板に導かれるように足を進める。誰かがこの土地を買い取ったのだろうか。それとも……。
戸惑いながらよく見ると北欧風の建物は『小泉造園』の看板を掲げた事務所で、その裏にはまだ平屋建ての住居がひっそりと残っていた。
雄飛が……彼がいるのだとしたら、ここに来たのは間違っていた。好奇心に負けて寄り道してしまったことを激しく後悔して、私は車に戻ろうと踵を返した。
「和香⁉」
事務所のドアが開いて、飛び出してきたのはやっぱり雄飛だった。
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