希望の光

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希望の光

 小泉雄飛(ゆうひ)は、高一の夏から付き合い始めて卒業と同時に別れた私の元カレだ。【元カレ】などという軽い言葉では呼びたくないほど、彼は私の青春そのものだった。初恋の人で、初めての人。思い出すだけで胸の奥が痛くなるほど、私を愛してくれた人だった。  彼は幼い頃離婚した両親の代わりに父方の祖父母に育てられていて、情の深い優しい人だった。ぬるま湯のような彼の愛情に甘やかされていた私は、それがどれほどものかも気付かないまま、卒業後は東京に行くつもりだと彼に告げた。私は彼が年老いた祖父母を置き去りにするわけがないとわかっていながら、「一刻も早くこの村から出て行きたいの」と告げたのだった。    雄飛は一瞬悲しそうな顔をしたものの、すぐに笑顔を向けて「頑張れよ」と言ってくれた。「和香(のどか)なら、きっとすごいイラストレーターになれる。応援してるよ」と。  彼の中には私と別れるという選択肢は微塵もなかったのだと思う。私が東京の専門学校に合格した時も、一人暮らしするアパートを決めてきた時も、「すげえな」と笑って自分のことのように喜んでくれた。  だから、私が卒業式の後に「今までありがとう。さようなら」と別れを告げても、雄飛はピンとこない様子だった。 「ごめん。でも、きっと私、東京での暮らしや学校の課題であっぷあっぷになると思うんだ。遠距離恋愛をしていく自信も覚悟もない」 「意味わかんねえ。俺のこと、嫌いになったんじゃないんだろ?」 「好きだよ? 世界で一番好き」 「俺だってそうだ。お互い好きなのに、なんで別れなきゃならないんだよ?」 「好きだけじゃ、やっていけないこともあるよ。離れていたら辛くなるだけだと思う」 「別れる方が辛いだろ! おまえの言ってること、全然わかんねえよ!」  雄飛との話は平行線のままで、ついに私が村を出る日を迎えた。始発電車に乗り遅れそうになり駅までの道を小走りで急いでいると、橋の向こうから走ってくる雄飛が見えた。  三月の寒い朝なのにトレーナー一枚で走ってきた彼の額からは汗が吹き出している。私が思わず足を止めると、雄飛は縋りつくように私を抱きしめた。 「待ってる」  雄飛は荒い息遣いの中で、一言だけそう告げた。その言葉に何も返せないまま、私は彼の腕から逃げるように駆け出していた。
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