希望の光

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「結婚なんてしてねえよ。家の中が足の踏み場もないほど散らかってるってだけ。俺はおまえを待ってるって言っただろ?」  そんなことを言われて顔が熱くなっていく。 「それで今日は何か用があって来たのか?」  雄飛も赤くなったのを誤魔化すようにぶっきらぼうに尋ねた。 「そうそう、モミの木! 看板を見て来たんだけど、モミの木を売ってるの? あ、買うっていうんじゃなくて、ただ単に好奇心で……ごめん」  モミの木が何万円ぐらいするものか知らないけれど、今の私は生活必需品を買うお金にさえ困っているのだから買う気なんてさらさらない。  でも、事務所から出てきた雄飛は仕事中なわけで、購入する気もない元カノなんかと無駄話をしている場合じゃなかったはずだ。早々に退散しようと後ずさりした私に、雄飛は屈託のない笑顔を見せた。 「良かった! 看板を設置したものの、『あんなのを見て来る人なんかいない』ってスタッフに言われて凹んでたところだったんだ」 「うーん、買いに来るかは大いに疑問だね。あのモミの木、雄飛が描いたの?」 「ああ。モミの木だってわかっただろ? 和香みたいに上手くはないけど」 「……絵が上手いなんて、久しぶりに言われたなぁ」  イラストレーターになるという夢をもって上京した田舎娘は、自分の才能の無さをこれでもかというほど思い知らされた。そして、「そんな叶うはずもない夢にしがみついてないで、俺と結婚しろよ」と言ってプロポーズしてきた男と二十四で結婚した。すぐに妊娠、出産。子育てに追われる日々のなかで、絵を描く楽しみさえ忘れていた。 「そうだ! 和香が描いてくれよ」 「え?」 「だからモミの木。看板は道の駅から客をここまで誘導するように設置するつもりなんだけど、まだ五枚置いただけで残りはこれから作るんだ。な? 頼むよ。もちろん報酬は払うから」  拝むように手を合わされて、呆気にとられた。報酬? 私なんかの絵に? 「え、ちょっと待って。私はただモミの木が売られてるのが不思議だっただけで」 「ああ、じゃあ見せてあげるよ。こっち」  チョイチョイと手招きされて、雄飛の後ろについて行く。何だか変なことになってきた。戸惑いながらも、ワクワクする気持ちが湧いていた。
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