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「昔何かの本で、アメリカではクリスマスシーズンになると家族で農場にクリスマス用のモミの木を買いに行くっていうのを読んだんだよ。ズラッと並んだモミの木の中から気に入った形の木を選んでリボンを巻き付ける。それを農場主から買い取って軽トラで家に持ち帰って家族みんなで飾り付けるんだ」
「あー、なんか映画で見たことある気がする」
「うん。それをふと思い出して、日本でもやってみたいと思ったのが始まり。裏山の一角を均してモミの木の種を蒔いたんだ。当時はまだ人に使われてる身だったから、あくまで趣味みたいなもので」
「それが大きくなったの?」
「大きくなったって言っても、せいぜい二メートルだよ。日本の住宅事情を考えると、それが限界。商業施設向けに大きく育てることは可能だけど、それは俺のやりたいことじゃない。そんなわけで一般家庭向けの低い若木を売り出したんだ」
急に目の前が開け、可愛いサイズのモミの木が畑の作物のように並んでいた。
「こんなミニサイズでもモミの木はモミの木だから、ゴールドクレストなんかより本格的に見えるだろ? 庭に植えてもいいし、植木鉢に植えて玄関先に置いてもいい」
「もう何本も売れてるんだね」
掘り出したような跡があり、南側の列の数本が欠けている。
「今はネット販売がメインなんだ。でも、ゆくゆくはお客さんにここに来てもらって、家族で選んだ木を大切にしてほしいと思ってる」
「素敵ね」
雄飛の考えは時代の流れに逆行するかのようだけれど、ツリーを囲む家族団らんの温かさが想像できた。
クリスマスを心待ちにしながら家族みんなでツリーを飾って、子どもたちはサンタさんに手紙を書く。希望通りの物は買えなくても、親は子どもたちのためにささやかなプレゼントをこっそり用意しておく。
私もそんな温かい家庭を築きたかった。どこで歯車が狂ったのだろう。私の何がいけなかった? 幼い息子に辛い思いをさせて、今だって……。
「あ! ごめん。もう帰らなきゃ。息子が待ってるの」
オレンジ色に色付いてきた西の空を見てハッとした。思ったよりも長居していたのかもしれない。「ああ」と頷いた雄飛はきっと何もかも知っているのだろう。私が結婚して子どもがいることも、モラハラ夫と離婚して実家に身を寄せていることも。
「もう耳に入ってるだろうけど、私、三歳の息子を連れて出戻って来たの。今、職探しの真最中だから、こんな格好」
新卒の時に買った真っ黒いリクルートスーツはもう似合わないけれど、スーツはこれしか持っていない。お尻がピチピチなのは、子ども一人を産んだせいだということにしておこう。
来た道を戻ろうとモミの木に背を向けると、
「頑張ってるんだな」
と呟きのような声が追いかけてきて泣きそうになる。頑張っても頑張っても、自分一人空回りしている気がするから。
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