モミの木

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モミの木

   次の日から、早速私は事務スタッフとして小泉造園で働き始めた。看板作りやホームページのリニューアルなど、特技を活かせるから遣り甲斐を感じる。  モミの木の売れ行きも好調で、県内限定で配送・植え込みサービスを始めたところ、他の庭木の剪定を頼まれ顧客が増えるという嬉しい誤算もあった。  村の保育園はビックリするほど安い保育料なのに、園児が少ない分、一人一人に目が行き届いている。大志も園での出来事を、毎日祖父母に楽しそうに報告するようになった。    その日は事務所でささやかなクリスマスパーティーが開かれていた。他のスタッフのお子さんたちも来ると聞いていたので、私も大志を連れて参加した。スタッフだけでなくその家族も大切にする、雄飛ならではの心遣いだった。  ケータリングの美味しい夕食と子ども向けのゲーム。それに小学生のお兄さんたちが一緒に遊んでくれて、大志も終始ご機嫌だった。  それなのにパーティーがお開きになり、残った料理をパックに詰めて皆に持ち帰ってもらっていたら、いつの間にか大志がいなくなっていた。最初は(あれ? トイレかな?)と軽く考えていたのにトイレにもどこにもいなくて、血の気が引いていくのが自分でもわかった。  慌てて外に飛び出すとスタッフは全員帰った後で、駐車場には見送りに出た雄飛が一人立っているだけだった。 「雄飛! 大志を見なかった?」  『社長』と呼ぶことにやっと慣れたのに、必死のあまり呼び捨てにして雄飛の腕にしがみついていた。 「え⁉ いないのか?」 「どうしよう。山に入ったのかも」 「じゃあ、俺が見に行くから、和香は車庫の中を捜してくれ」 「いいよ。私が山を捜す」 「無理するな。夜の山は苦手だろ? これ、鍵」  遠慮をしている場合じゃない。私は雄飛から鍵を受け取ると車庫に走っていった。照明を付けて作業用の車両の間を見て回ったけれど、大志はいない。  そういえばさっきのパーティーで、大志はモミの木の話に興味津々だった。ふと思い出した私は裏山に向かって駆け出した。もしかしたら……! 「たーいしー!」  右手の山の方から微かに雄飛の声がする。やっぱり大志はまだ見つかっていないらしい。 「大志―!」  私も暗い山の中を走りながら大声で息子の名前を呼んだ。こんなにお腹の底から声を出したことなんてない。  恐ろしいモノが大事な息子を連れて行かないように。どうかどうか、と祈りながら走った。どうか私に勇気を下さい。大志を守り抜く力を。自分を信じる力を。
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