前編

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前編

 女性がストッキングを脱ぐところを見るのが好きだった。  上品な透け感と光沢感のある高級そうなそれは、身に着ける女性のステータスを示しているようでそそられる。ナイロンの滑らかな生地がするすると落ちていく様は、むきだしになった肌の手触りの心地よさまで主張してくれるようで、こんな素敵な布地が他にあるだろうか? いや、ない。  密やかな場所からまずむきだしになる、白くふっくらした太もも。可愛らしい膝小僧に、すんなりした、あるいはぽっちゃりしたふくらはぎ、細い足首と柔らかそうな土踏まずとつま先。  ごくごく薄い布地一枚はだけただけで、その肌はあまりに無防備であけすけで、そして解放される様子を感じる。  生地の色は黒だとなおさらいい。肌の白さが強調されてとてつもなく淫靡だ。しかし淡いクリーム色でもまったくかまわない。上品な人にはむしろそれが良い。  ただし透け感だけは譲れない。冬に女子たちが好んで着用する厚手のデニールのもこもこしたタイツ。あんなものは言語同断だ。存在自体許せない。  これはできればではあるが、パンストよりもガーターストッキングが良い。いっておくが、ガーターベルトなんてものは使わなくていい。あれはまったく下品だ。そうそう、近頃はサスペンダータイプなるものがあるらしいが、あれはまったくいけない。下品の極みだ。  ガーターストッキングはもちろん履き口の部分がレースなのが望ましいが、シンプルにゴムだけなのもかまわない。その場合、締め付けのせいで内側のお肉がふにょんと乗ってしまっているのもそれはそれで可愛いからだ。指をのばしてお肉を摘まみたくなる。  だがしかし、市場はパンスト一色で、ガーターストッキングの女性とはなかなかお目にかかれない。いやパンストだってかまわない。パンストも良いのだ。あのウエストから一気にお尻の下まで引きずり下ろす潔さ、その後慎重に左右の具合をみながらずらしていく仕草が良い。  彼は日々、そんなことを考えながら道行く女性の足元に注目する。朝の雑踏は駄目だ。目まぐるしすぎてこちらも目がちかちかしてしまう。かといって電車で女性の脚ばかりを見ていたら通報されてしまう。だから通勤の途中では程ほどに鑑賞して我慢する。  接触を試みるなら、夕方が良い。定時で勤め先を後にし、さて今日はこの後どうしようかと、決めかねる様子でそぞろ歩く脚を物色するのが良い。そうしながらスカートで隠れた部分を想像する。ひざ下が華奢なあの子は太ももも細いのだろうか? いや、意外と肉がしっかりついているかもしれない。足首がきゅっと締まってふくらはぎが筋肉質なあの人は、太ももも引き締まっていそうだな。しかし一様に予想できるのは、脚の付け根の部分の柔らかさだ。  期待に胸を膨らませながら、彼は見定めた女性へと近寄る。物腰低く話しかけ、真摯に丁寧にお願いをする。もちろん断られる回数の方が圧倒的に多い。それでも二十人に一人くらいは彼の求めに応じてくれる。  ふたりだけになれる場所に行き、目の前でストッキングを脱いでもらう。彼がまず注目するのは、たくし上げたスカートから現れる太ももだ。残念なことに肝心のストッキングは大抵パンストだ。だがパンストにはパンストの見どころがある。股下の、下着との境のところでお肉が段々になっているのが目に入ると、彼はとても嬉しくなる。  ウエスト部分がずり下ろされるのと同時に、肌の白さが露わになり、柔らかな内ももの肉が揺れる。ふっくらと、ふんわりと。魅力的に匂いたてばたつほど、それまで肌が感じていただろう締め付けを感じて胸が痛くなる。と同時にその柔らかさを守っていたのだろう健気な薄布のことを、彼はとても愛しく感じる。愛憎入り乱れるといった心地だ。  するするとナイロンがつま先からすべり落ちる。足元の床でくしゃくしゃになる。そこでショーは終了だ。彼は満足してにっこり笑う。身支度してくださいと女性を促す。大半の女性は「これだけ?」といった表情で目を丸くする。ほっとしたように、あるいは残念な様子で。  ごくまれにたまにではあるが、我慢できなくて触らせてもらうことはある。ごくごくまれに、本当にたまにではあるが、女性の方が積極的だったり、好みの顔立ちの娘がもじもじしていたりすれば、気分が乗ってそのまま行為に及ぶことはある。だが本当に、ごくまれにの話だ。  大抵は脱ストッキングショーそのものに満足し、女性に食事をごちそうして別れる。彼としては一度きりのつもりだが、顔など覚えはしないから同じ相手にまた声をかけてしまうこともある。とはいえ、そうそうあることではない。だから彼は今日も女性の脚を物色する。  そうして時折、彼をこんなふうにした女性のことを思い出す。もう十年以上前、学生の頃に二年ほど付き合った年上の彼女のことを。
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