第3話 そうして二人はメンチを切り合った

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第3話 そうして二人はメンチを切り合った

「はぁ、はぁ......」  ハジメは走っていた。自転車をかっ飛ばしていたのである。とにかくあの公園から離れるためだ。そのママチャリのカゴには時価数億と言われる魔導書が彼なりの丁寧な配置で入れられていた。  公園から自転車で走り出して数分が経過した。しかし、残罵が追ってくる気配は無かった。カナタが上手く止めているのかなんとかなりそうだった。ハジメは自転車を一旦止め、スマホを開いた。そして、さっきカナタから聞いた『歳星館』という場所を検索する。ハジメは聞いたことがなかったがスマホのマップはちゃんと位置を表示した。 (こんなところにそんなものあったのか)  マップに表示されたのはハジメが良く行くラーメン屋のすぐ側だった。ネットには蔵書館とあった。あまりじっくり見ているわけにも行かないのでハジメはすぐさま走り出す。ここからなら15分ほど自転車で走らなくてはならない。  残罵は転移魔術を使うというのはハジメも知っていた。なら、どれだけ逃げても安心は出来ないだろう。とにかく、カナタが止めている間に『歳星館』というところにたどり着かなくてはならないのだ。  ここ最近体育以外でまともな運動をしていないハジメだ。息は上がりに上がった。しかし、 (数億、お礼、大金!)  ハジメの頭の中ではそういった言葉が繰り返しリピートされていた。もはや、何が何でもハジメはたどり着く所存だ。  横断歩道を渡り、自転車用レーンを突っ走り街中を爆走するハジメ。  しかし、 「おぉわ!!」  急ブレーキをかけなくてはならなくなった。見ればその前にはカナタが立っていた。不機嫌そうな表情で腕を組んでいる。 「な、なんだ。残罵は倒したのか? ていうか早いな」 「倒せるわけないじゃない。あの後ちょっとしたらあいつも魔術が使えるようになって、しばらく戦ってたんだけどあいつの方から逃げたのよ。どういうつもりなのか知らないけど」  カナタはそれから大きく息を吐き出した。ひどくうんざりした様子だ。残罵との戦いが相当堪えたのかと思ったハジメだったが、その視線が当のハジメに注がれていることに気づいた。 「な、なんだよ。なんかしたか? このまま『歳星館』ってとこに行けば良いんだろ」 「ええ、そうね。本来から言えばそう。そのはずだったのよ」 「なんだ? あの白い光のことか? 俺の活躍だよなあれ」  ハジメは自分の持つディアン・ケヒトの魔導書から放たれた白い波動を思い出していた。あれのおかげで残罵の出した怪物は消滅し、そして魔術も封じたのだ。あれがなんなのか全然分からないハジメだったが活躍したという自負だけはあった。  しかし、その話を聞いたカナタはまた大きくため息をついた。これ見よがしにハジメを睨んでいる。 「やってくれたわねあんた」 「え?」  カナタはハジメの自転車のカゴに入った魔導書を見た。 「もう、それ売れないのよ。はぁ.....絶対。司に受け取ってもらえない」  カナタはその赤髪を掻く。 「どういうことだよ。なんで突然?」 「あの白い光。あれは魔導書との契約の時に放たれる魔力の波なのよ。あの波があの辺りの魔力の流れをかき乱したから私達は魔術が使えなかった」 「け、契約? なんだそりゃあ」 「あんた、なにか声を聞かなかった」  カナタに言われ、ハジメはすぐさま思い出した。あの、時の止まったような空間で聞こた声のことを。 「あ、ああ。周りの景色が白黒になって止まって、そんでなんかの声が聞こえて。その後にあの光が出たんだ。なんだあれ。幻覚かなんかじゃないのか」 「なわけないでしょ。そうか。時間軸からの逸脱までしたのね。ますます価値が上がるじゃない。あー!! ほんとに何やってくれてんのよ!!」 「い、いや。なんで怒ってるんだ」  ハジメはあからさまに怒り狂っているカナタを見て一歩後ずさる。そんなハジメをカナタはギロリと睨んだ。 「良い? あんたはね、その魔導書と契約したのよ。契約したってことはその魔導書はあんたを主と認め、あんたにしか使えないの。つまり、売り物にならないってことなのよ!」  そう言ってカナタはズビシィっ、とハジメに人差し指を突きつけた。怒りで先が震えている。 「え? なんだよそれは。なんで俺なんかが? こういう魔導書っていうのは魔術師しか使えないんじゃないのか?」 「そのとおりよ! 書いてあることを理解して、その魔術を使えるのは魔術師だけ。なのになんでかその魔導書はあんたと契約して主と認めたの。全然意味分からないんだけど。はぁあー.....。ほんと何これ」  カナタは怒りを通り越し、虚無感に包まれつつあった。 「い、いや。俺は悪くない。なんにも悪くないだろ。そんなことになるなんて分かりゃしないんだよ。ついでに言ったらお前、あの状況を脱出出来たのはあの白い光のおかげじゃねぇか。あれが無かったら今頃この魔導書は残罵に奪われてるだろうが」 「う.....」  カナタは若干怒りの勢いを失った。しかし、すぐに取り戻した。 「関係ない。関係ないわよ......」 「はぁ!? 関係無くはないだろ。実際事実なんだよ。そりゃ俺が契約したのは事実だよ。でも、意図的にやったわけじゃないんだよ。気づいたら契約してたんだよ。そんでその契約のおかげで危機を乗り越えられたわけだ。俺に非は全然無いだろ」 「う、うるさいのよ! とにかく、あんたのせいで私の何千万、いえ何億が消滅したのよ! どうしてくれんのよ!」 「い、いや。逆ギレだって」  ハジメは困惑するしかなかった。実際、何億という金がぱぁになったのはひどく同情するハジメだった。しかし、それをハジメのせいにするのは言いがかりである。明らかに不可抗力であるし、先にハジメが言ったように無くてはならないものだったし、ついでに言えばハジメに魔導書を任せたのはカナタ本人である。 「ぎゃ、逆ギレなんかじゃないわよ」 「いや、逆ギレだって」 「くぅうう.....」  カナタは突如深くうなだれ、しゃがみこんだ。上がるうめき声。自分の言い分が通らないと見るや今度はとことん落胆する様を見せつけるつもりらしい。どうにもこうにも性格が悪い。 「はぁあ。なんでこうなんだろ......」  まぁ、だがしかし。実際落胆することであるのは間違いないのだが。ハジメもハジメで自分のせいでは無いとはいえ流石に哀れに思えてきたのだった。一緒にしゃがんでカナタに声をかける。 「ま、まぁなんだ。とにかく落ち着けよ」 「これが落ち着いてられるかっていうのよ.....。億よ億。普通に働いたら一生かけて稼ぐような額よ.....はぁ......」  落ち込んでいる人間を慰めるのに慣れていないハジメはおろおろするしかない。道端でしゃがみこんでいる少女に周りも奇異の視線を向けている。とにかく、何か元気づけようと思うハジメは自販機に向かうのだった。 「レモンティーが良いわ」  そして、それを抜け目なく見逃さないカナタだった。  ハジメは自販機で缶コーヒーとレモンティーを買うと片方をカナタに渡した。カナタもようやく立ち上がってそれを飲んだ。 「はぁ、ちょっと落ち着いたわ」 「そりゃ良かったが。どうするんだ。ていうかよく考えたら俺はどうしたら良いんだ? 魔導書と契約しちゃったんだろ」  まったくハジメには現状が良く分かっていない。分かっているのはカナタが手にするはずだった大金がぱぁになったということだけだ。魔導書と契約なんかしたらこの先の実生活にもなんらかの影響があるのではないか。ハジメにはそれが心配なところだった。 「そうね、とにかく言えるのはこの先残罵はあんたを付け狙うだろうってことかしらね」 「え」  ハジメは言葉を失った。 「マジで? 魔導書持って無くてもか?」 「ええ、魔導書を持って無くてもよ。そもそも、あいつはこのディアン・ケヒトの魔導書が欲しくてたまらないみたいだから。なんでかは知らないけど。だから、契約してるあんたを邪魔と捉えるか、もしくは利用できると捉えるか、ともかくあいつはあんたを狙う」 「それってとてつもなくヤバくないか.....」  ハジメは顔面が蒼白になっていくのを感じた。体がどんどん冷えていき、脂汗がどんどんにじみ出ていった。  不和残罵に狙われる。あの国際指名手配され、次々ニュースになるような犯罪行為を行っている凶悪犯に。  ハジメの平和な日常は今音を立てて崩れ去ったのだ。今ハジメの日常はとんでもなくデンジャラスな状態へと移行していた。 「いや、なんでだよ。何してくれてんだよお前!」  今度はハジメが逆ギレする番だった。 「うるさいのよ! ブチ切れたいのはこっちなんだから! あんたのせいで大金がパァ!」 「こっちはお前のせいで日常がパァだ! なんであの時俺に魔導書なんて押し付けたんだ!」 「受け取ったのはあんたでしょ! 嫌なら断れば良かったじゃないの!」 「い、いや。それは.....」 「分かってるわよ。大方、私がするお礼にでも釣られたんでしょ。浅ましいわね......」 「う......」  密かに大金がパァになったことで自分のお礼もパァになったことに落胆していたハジメなのだった。 「う、うるせぇ! 大金大金言ってるお前が言うことかよ! 笑わせんな!」 「なんですって!」  二人は完全に口論になっていた。実際のところどっちのせいでも無い完全に理不尽な状況だが二人は誰かのせいにしたくてたまらないようだ。というか主に残罵が居なければ全て上手く行っていて怒りは残罵にこそ向けられるべきだった。しかし、二人はお互いのあんまりな態度に激怒しておりそこまで頭が回らないようだった。  二人は憎悪に満ちた表情でお互いを睨み合った。もはや、言葉など重ねるだけ無駄だと言わんばかりだ。渾身の形相で相手にメンチを切り合っている。 「クソが。今日は厄日だぜ」 「こっちのセリフだわ」  二人はそっぽを向いてそれぞれの持つ飲み物を一口飲んだ。そうすると二人共若干怒りが収まったようだ。冷たいものを喉に通すことで頭が冷えたのか。そして状況を冷静に認識出来たのか。二人して深い溜め息を付いた。 「はぁあ。どうしよう。いや、どうすれば良いんだ。このまま、俺は残罵に追われて殺されるかなんかするのを待つしかないのか」 「それはつまり私がみすみす大金を逃すってことじゃないの。そんなのごめんよ」  カナタは腕を組んで言う。 「ん? なんだそれは。なんか解決策があるって言ってるように聞こえるぞ」 「あるにはあるのよ多分」 「多分?」 「私には分からないってことよ。だから人に聞くしかないんだけど」  カナタは人差し指を立て言う。 「契約破棄。方法はそれしか無いわ」 「契約破棄?」 「読んで字のごとくよ。要するにあんたが魔導書と交わした契約を破棄するの。ただ、魔導書によって契約の方法も破棄の方法もまちまちだから今は分からない。だから、詳しいやつに聞きに行くのよ」 「な、なるほど」  ハジメには魔術の詳しいことはさっぱりだったが個人的には魔導書に勝手に呪われたような感覚だった。その呪いを解除する方法があるということらしい。それはつまり希望だった。 「なんだよ。そんな方法があるんならこんなに落胆したり怒り狂ったりする必要なかったじゃんか。体力返せよ」 「ふん、お気楽なことね」  カナタは肩をすくめる。 「聞いて分かるって保証は無いのよ。分からなかったら一生涯かけても分かんないかもしれないんだから」 「え」  ハジメは言葉を失った。それはつまり絶望だった。 「とにかく、その魔導書に詳しいやつのとこに行くわよ」 「お、おう。もはや藁にもすがる思いってやつだ」 「そういうこと」  カナタは歩き出す。ハジメも後に続いた。  と、突然カナタが立ち止まって振り返った。 「ああ、そうだ。一応自己紹介しておきましょうか。私はカナタ・那美崎・ロッドフォード。あんたは」 「なんて豪勢な名前してやがんだ。ハーフだったのか」  それなら赤い髪も緑の目も納得のハジメだった。 「悪い? 良いからあんたの名前は」 「あ、ああ。小山始だ。よろしく頼むぜ」 「普通の名前ね」 「全国の小山さんと始さんに謝れこの性悪が」 「性悪? 今、性悪って言った?」 「ほんとのことだろうが」  そうして二人はまた口論をしながら目的地『歳星館』へと向かうのだった。
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