第8話 屋根裏にて2人は煎餅をかじる

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第8話 屋根裏にて2人は煎餅をかじる

「ぬはは。ぬはははは。朝のワイドショーって結構面白いな」  ハジメは笑っていた。ソファにゆったりと座り、くつろぎながら煎餅をかじっていた。ハジメが見ているのは朝のワイドショーで、要するにハジメはグダグダとしているのだった。服もツカサが用意したパジャマのままだ。ハジメは平日の午前中をこの上なく満喫していた。  そして、また煎餅を一枚手に取りかじったのだった。 「ぬはは」 「ぬはは、じゃないわよ。なにこの状況下でだらけ切ってんのよあんたは」 「お、帰ってたのか」  ハジメの後ろにはカナタが立っていた。今起きてきたらしい。ハジメと違ってもう着替えていた。 「じゃあ、あの怪物は倒したのか」 「倒しきれなかったけど勝ったは勝ったわよ。それからコソコソ超対の目を避けながら帰ってきて、ようやく館にたどり着いたのが深夜の1時。だから、今まで寝てたわけよ」 「そりゃあご苦労さまだったな。....ぷ...ぷはは」  ハジメはカナタとの会話もそこそこにコメンテーターと司会の掛け合いを見て笑っていた。  それを見てカナタはしばし黙り、そして、目についた広告の紙を取って丸めるとハジメの頭を軽く叩いた。 「ぬん? なんだよ?」 「なんだよ、じゃないわよ。あんただらけ過ぎなのよ。状況分かってんの? そんな余裕こかれたら困るのよ。さっさと契約破棄の条件思い出しなさいよ」 「分かってるよ。でも、まだ朝も早いだろ。もうちょっとしてから考えるから」  。カナタは呆れてため息をつく。分かってる、戻りたい、と言いつつハジメにはまるで緊迫感というものが感じられなかった。どう見ても偶然発生した合法的な平日の休日に浮かれているようにしか見えなかった。能天気なハジメの様子を見てもしかし、カナタはそれ以上言う気は起きなかった。 「まぁ、良いわ。こっちにも考えがあるから」 「ははぁ、良く分からんが。まぁ、とりあえずもうちょっと待ってくれよ」  ハジメはそう言ってテレビに目を戻そうとする。しかし、その時だった。 ージリリリ  音が鳴った。玄関のベルが鳴った音。来客を告げる音だった。それが鳴った途端、カナタとハジメがいる居間にあたる部屋の後ろにあるドアが開いた。現れたのはツカサだ。ツカサはツカサで蔵書司としての業務があるので書斎に入っていたのだ。 「来客ですね」 「超対ね」 「でしょうね」  ツカサは面倒そうに眉をひそめた。そして、そのままツカツカと歩いて部屋を出ていった。 「ちょ、超対?」 「ええ、私がここに居ないか聞きにきたってところでしょう」 「昨日も来てたんだぜあいつら。今日もまたかよ」  昨日の夜、怪物とカナタが館から離れていって間もなく超対が大量のパトカーを引き連れてやってきたのだ。怪物がおらず、防衛術式が発動していないと見るや超対は館に押し掛け、ツカサを質問攻めにしたのだ。大体、カナタのことと、カナタとの関わりについての話だった。ツカサがほどほどに答えて、もう去ったことを伝えようやく超対は出ていった。しかし、その後もカナタが館に帰ってこないか張り込んで待っていたようだ。カナタはその目をかいくぐって戻ってきたわけだが。 「まぁ、ツカサなら上手くやってくれるでしょ。私はちょっと隠れるわ」 「え、部屋まで入ってくるのかあいつら」 「可能性はあるわね。あんたも隠れた方が良いんじゃないの。あんた超対に質問されて上手く答える自信あるの」 「無いな」 「なら、行くわよ。屋根裏に隠し部屋があるから」 「お、おう」  そうして二人もそそくさと居間を後にした。 「どうも、おはようございます。室尾司さんですね。昨日は部下がお世話になりました。超対の一木です」 「どうも。世話と言うほどのことはなにもしていませんよ。ただ、質問に答えただけです」  ツカサがドアを開けると立っていたのは二人の人物だった。男と女。壮年の刑事と、若い女刑事だった。どちらも超対のようだ。男の方は警察手帳を見せていた。 「それで、なんのご用ですか。質問には昨日答えたはずですが」 「はい、それも承知してます。那美崎さんは魔導書を持っていてそれを残罵が狙ったこと。それで那美崎さんは昨晩その魔導書を持って去ったこと」 「その通りです。ですのでこれ以上お話できることは何もありませんよ」 「そうですか。まぁ、一応なんですがね。那美崎さんはお戻りになってないかな、と思ってうかがってみたんですが」 「戻っていませんよ。昨晩出ていったきりです。どこぞに隠れているんでしょう。大方、持っている魔導書をあなた方に奪われるんじゃないかと心配だったんでしょう。あの子はがめついですから」 「また、ずいぶん嫌われたもんです。私らも強盗じゃないんですからそんな奪い取るなんてことはしないんですがね」  一木刑事は弱ったようにぽりぽり頭を掻いた。 「そういうわけですから。お話出来ることは本当に何もありませんよ。ディアン・ケヒトの魔導書がどういうものかも昨日お話しましたし。魔導書の扱いなんかもお伝えしましたから」  ツカサは昨日来た超対に聞かれた情報と、必要な情報は与えていた。カナタに関すること以外は包み隠さず真実を伝えたのだ。残罵が捕まって欲しいのはツカサも思っていることなので素直に捜査に協力したわけである。まぁ、カナタのことは話していないのだが。 「それなんですけどね。申し訳ないんですけどもう一度私に教えていただけませんかね」 「何故です。私も仕事があって暇では無いんですけどね」 「申し訳無い。ですが、報告だけでは分からないこともあったし、気になることもあったもんでね。全部ってわけじゃないです。こちらの質問に答えていただくだけで良いんで。20分で済ませます」 「15分ならお付き合いしましょう」 「分かりました。助かります」  そして、刑事はちらりとツカサの向こう、館の屋内を見た。 「中に入れていただくわけにはいきませんかね」 「無理ですね。中には色々な術式が施してありますし、高カテゴリーの魔導書も置いています。おいそれと関係者以外を立ち入らせるわけにはいきません」 「ですよね。これは失礼。では、ここでお願いします」 「はぁ、手短に済ませますよ」  そうして、ツカサは刑事の質問に答えるのだった。 「結構長いわね」  カナタは煎餅をかじりながら言った。ハジメがリビングから持ってきたものだ。ボリボリとかじりながら窓の外を盗み見ている。 「やっぱりお前が居るかどうか探ってんだろうな」 「それで見つけたら魔導書を押収するってわけね。腹立つわ」 「そうと決まったわけでも無いと思うがなぁ。事情を話せば協力体制を敷いてくれるんじゃないのか案外」 「無いわ。というか、押収される可能性がちょっとでもあるなら絶対協力なんてしないのよ」 「強欲だな...」  ハジメとカナタが居るのは屋根裏部屋だった。カナタは隠し部屋と言ったが実際は隠し部屋と言うよりはロフトのようなものだ。物置になっている部屋の棚の裏にはしごがあり、早々人に見つからないため隠し部屋のようになっているだけだった。  二人がここに入り、窓から超対の刑事が帰らないか見張ってからかれこれ10分は経過しただろうか。カナタはにべもなくツカサが追い返すものかと思っていたがそうも行かなかったようだ。捕まって話を聞かれているのだろう。二人はもうしばらくここに居るしかないようだ。 「さて、それでさっきの話に戻るけど。あの時何が起きたか思い出して。条件さえ分かれば契約破棄出来る。そうすれば魔導書は私のもの。ツカサが封をすれば残罵でももう手出し出来ないから全部解決。鍵は結局あんたなのよ」 「そんなこと言われたってなぁ」  しかし、カナタの言っていることも事実だ。ハジメが条件を思い出しさえすれば一件落着なのである。 「これはあんたのためでもあるのよ。正直同情してるわ。あんたはなんだかんだ被害者だもの。ただ巻き込まれただけの一般人。だから、なんとしても救わなきゃと思うわけ。私はあんたに協力してるのよ?」 「見事に最初から最後まで心ない言葉の塊だったな。逆に感動したぞ」  にっこり笑うカナタにハジメは言うのだった。なんて悪魔みたいなやつだとハジメは思うのだった。  しかし、この状況をどうにかしたいのはハジメも同じだ。そして、考えるのがハジメに出来る唯一のことでもある。そして今はやることが無い。なのでとりあえずハジメは状況を整理することにした。 「まず、とりあえず。お前と残罵が戦ってたんだよな」 「そうね。あそこは私と残罵が戦闘で撒き散らしてた魔力で満ちてた。それも条件のひとつな気がするけど」 「なるほど。良く分からんがそうなんだろう」  周囲の魔力量が基準を満たす。それが仮定の条件その一なわけだ。 「それから、お前が俺に魔導書を押し付けた」 「押し付けたんじゃないわ。渡したのよ。あんただって自分で受け取ったじゃない。忘れたとは言わせないわよ」 「うーん。なるほど。誰かから誰かに渡すのも条件なのかもな」  ハジメはカナタの言葉を無視するのだった。個人からの個人への譲渡、これが仮定の条件その二だ。 「それから、残罵が使い魔を出して私とあんたを拘束したわけね」 「使い魔を使う、も条件なのか?」 「分かんないけど一応考慮しときましょう」  使い魔を使って襲われる、もしくは使い魔が近距離に存在する。これが仮定の条件その三なわけだ。 「で、それでもう魔導書が『契約の間』とやらに俺を引き込んだわけだ」 「んんー。起きたことはこれくらいか。後はそれぞれが持っている固有の条件かしらね」 「っていうと?」 「残罵が魔術師なこと、私の魔力量が常人の5倍なこと、あんたが高校生くらいの男なこと、場所が水場の近くなこと、時刻が日暮れだったこと、天気が晴れだったこと...、まぁこれに関してはもうありとあらゆる可能性があるわ。あそこの場の魔力流のパターンとか、最悪私たちにまったく関係ない第三者が存在が条件だっていう可能性もある」  そういうことだ。カナタたちが予想できる範囲、さらにそれを越えた可能性が無数に存在しているわけである。 「そんなこと言ってたら一生見つからないんじゃないのか....」 「そうね。正直正攻法で行くとそうなのよね。だから、頭を捻って条件を絞るわけよ。これが『ディアン・ケヒト』の名を冠してることから予想するの」 「なるほど。で、ディアン・ケヒトってのはなんなんだったか」 「あんたね。ツカサが言ってたでしょ。医療と技術を司るケルト神話の神様の名前なのよ。腕を無くした神様に義手を作ったとか、負傷した兵士を癒す泉を作ったとか、そういう逸話のある神様ね」  カナタが語ったのは魔導書を持ってから気になり、喫茶店で調べたウェキペディアの情報であった。 「なるほど。回復系の神様ってことかー」  ハジメは腕組してふむ、と唸る。今聞いた情報から何か予想出来ないか考えているのだ。 「ていうか、お前これどこで手に入れたんだよ」 「何を隠そう骨董市よ。奈良の」 「そんなとこにこんなもんあったのかよ」 「そうよ。人生で最高の大当たりを引いたのよ私は。だから、こうやって何がなんでも掴んだ運気を逃すまいとしてるんじゃないの」 「なるほど」  ハジメは想像する。カナタがこれを発見したときの飛び上がるように高揚している様子を。そして、その感情を圧し殺し、作り笑いを浮かべながら激安価格でこの魔導書を買うところを。そして、天にも昇るような気持ちでこの魔導書をこの街まで運んでくる様を。  なんでだろうか。少し寂しい気持ちになるハジメだった。 「なによ。なんか寂しそうだけど」 「いや、なんでもない。なら、やっぱり情報はまるで無いようなもんか」  そういう経緯で手に入ったなら、やはり何も分かるはずはない。説明してくれるものが何も無いのだ。 「ちなみに、これは有名なものなのか?」 「うーん。『魔導書目録』ってものがあるのよ。中世に書かれたもので、その時代の魔導書が一覧で載ってるの。そこに載ってるのは全部カテゴリー5で、そこにディアン・ケヒトの魔導書の名前があるの。『医療と技術の魔導書』って。でも、それだけ。それ以上の情報はなにも無し」 「なるほど。やっぱりなにも情報無しか。マジの骨董品なんだな」  下手すれば考古学の分野、いや間違いなくそうだろう。明らかに学術的価値も高い。というか、こんな金のための駆け引きに利用すべきものではない。専門の研究機関に寄贈して今後の学問の発展に助力すべき類いのものだ。そう考えるとハジメはますます悲しくなってくるのだが、しかし自分も出来れば金が欲しいのでなんとも言わなかった。 「考えるしかないか」 「そういうこと。で、どうなの。なんか思い付かない?」 「思い付かないって言ったってなぁ。うーん。医療...回復系...ナース...優しい...ふーむ」 「なんかクソ下品な思考回路繰り広げてない?」 「いや、そんなことはない。俺は大真面目だ。うーん、そうだな」 「なに、なにか思い付いたの?」 「あの時なぁ。お前がピンチだったから、なんとか助けたいって強く思ってたんだよ」  ハジメはあの時、自分もカナタもピンチでなんとかしたいと思ったのだ。追い詰められるカナタを見て助けなくてはと思ったのだ。 「誰かを助けたいと思う心とかそういうことかな。なんか恥ずかしいけど。ん? おい、どうした」  ハジメはカナタがまったくしゃべらなくなっていることに気がついた。うつむいて押し黙っているのだ。 「おい、おい」  ハジメはカナタの前で手を振る。良く見ればなんか顔が赤かった。 「なんで、なんで...」 「なんで?」 「なんで、そういう恥ずかしいこと平然と言うのよあんたは!」 「え、ええ!? まぁ、そりゃあ恥ずかしいけど、仕方ないだろ。そうやって条件洗い出してくしかないんだから」 「それでもそんな真顔で言わないでよ! もうちょっと遠回しに言いなさいよ!」 「り、理不尽だ! 条件を考えろって言ったのはお前なのに、俺は一生懸命考えて条件を言っただけなのに!」  ぎゃーぎゃー喚くカナタにそれに食い下がるハジメ。しばらくそんな感じでやり取りが続く。カナタはハジメの言葉がよほど恥ずかしかったらしい。そして、一通り喚いたカナタはようやく落ち着くのだった。 「はぁ、はぁ。今度そういう恥ずかしいこと言うときは『これから恥ずかしいこと言うけどさ』って言うのよ」 「な、なんなんだよそれ。それ言うのが恥ずかしいよ」 「良いから言うのよ!」 「分かったよ。言うよ。言えば良いんだろ」  ようやく、話が纏まった二人だった。 「で、真面目な話。これが条件ってことは無いのかよ」 「医療の魔導書で『思いやりの心』が発動条件って安直な気がするけど、無いことはないかもね。こういう魔導書に限って割りと条件がそういう単純な感情ってパターンも結構あるし」 「マジか。なら試すしか無いな」 「た、試すって。どうやるのよ」 「い、いや。なんかお前がピンチな状況になるようにするんだよ」 「なによそれ....」  言葉に出してみて良く分からなくなるハジメだ。水に落ちそうとか、今にも上のものが落ちそうとかアホな場面が頭をよぎる。 「でも、とにもかくにも試すしかないだろ。今のところ一番有力っぽいし」 「まぁ、そうだけど。仕方ないか。なんかやってみましょう。やれやれ」 「なんか投げやりじゃないか...」  明らかに面倒そうにため息を吐くカナタだった。と、そのカナタが窓の外を見てはっとする。 「あ、超対のやつら行ったみたいね」 「お、本当だ」  窓の外を見れば、さきほどの刑事二人が歩いて門を出ていくところだった。ようやくツカサへの聞き込みが終わったらしい。カナタは立ち上がる。釣られてハジメも立ち上がった。 「じゃあ、一応今の話をツカサにしてみましょう」 「あ、ああ。なにか知恵を借りよう」  そういう訳で、二人はようやく埃っぽい屋根裏から降りることが出来たのだった。一応我慢して入っていた甲斐はあったのだった。
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