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昼下がりの噴水広場は、穏やかな陽気と大勢の人達が作り出す喧騒で満ちています。
楽師のトニオは仲間達と共に、ダンスの輪の中心で肩にかけたピカピカのバンジョーを掻き鳴らして、民族音楽の曲調が入ったテンポの早い軽快な大衆歌を演奏しています。
トニオの横では体の大きな楽師が酒樽に腰を掛けて、その身体に見合う大きな弦楽器を指で弾いています。噴水の脇ではパイプを咥えたパーカッション担当の楽師が、ずらりと並べた大小様々なドラムを叩いて陽気なリズムを打ち出します。少し離れたところで、顔半分に白髭を蓄えたサンタクロースのような老楽師が、突き出たお腹に乗せたアコーディオンの蛇腹を器用に伸び縮みさせています。楽師達の周りでは、コーラスガールの三人娘がお揃いのドレスのスカートをひるがえしながら、息の合ったダンスを披露しています。
楽師達が一斉に演奏を止め、曲が終わると、集まった聴衆から大きな歓声と拍手が湧き起こります。トニオが聴衆の前に出て、頭を下げ、次の曲の紹介をしようと大きく息を吸った時、人垣の向こうに見覚えのある萌木色の制服がちょこまかと動いているのが見えます。
トニオはにたりと笑うと、口上を他の楽師に託して、人垣をすらりと抜け、あくせく働いているピートの背後に回り込みます。
「よぉ、郵便屋。相変わらずの忙しさだなぁ」
トニオはピートを驚かすために、わざと大きな声を出して覆い被さる様に肩に手を掛けます。
「なんだ、楽師様か。見ての通りだよ、お前と遊んでる程暇じゃないんだ」
ピートはまとわりつく腕を払いのけながら、素っ気ない返事を返します。
「おいおい、今はシェスタの時間だぜ、目のないサイコロ。仕事なんてほっぽりだせよ。俺の故郷じゃ、この時間は誰も働かないぞ」
「お前の郷里の人はいつ働くんだよ」
「俺の田舎のことなんかどうだっていいんだよ。そんなことよりだ、今日こそ持ってきたんだろうな」
思惑通りの言葉にピートはほくそ笑みますが、わざととぼけた声で言い返します。
「持って来るって、いったい何のことだ。僕は楽師様にプレゼントを持って来るほど音楽通じゃないぞ」
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