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「お前からの差し入れなんて誰が欲しがる。トニオ様宛のラブレターだよ。俺への思いで胸を焦がしている女の子からのラブレターだ」
トニオはピートの前に立ちふさがり、自信たっぷりに胸を張って、親指で自分を差してみせます。ピートはその様子がおかしくてたまりません。
「あぁ、トニオ様宛の手紙ね。さて、あったかな。なんだか見たような、見ていないような」
ピートはトニオを焦らすため、郵便鞄の奥を探っては、わざと宛名の違う封筒の束を取り出して鞄に戻す仕草を繰り返します。
「やあ、これだったけな。いや、違うなぁ」
トニオは鼻の穴を膨らませてポーズを決めたままでいましたが、すぐに待ちきれなくなって、ピートの手から封筒の束を強引に掴み取ります。
「ええい、俺がやる。貸せ」
奪い取った封筒の宛名を一枚一枚確認し、その中に自分の名前を見つけたトニオが興奮気味に叫びます。
「あった、あったぞ」
ピートの方へ向き直したトニオは、どれ見たことかと言わんばかりの顔で自分の宛名の封筒をピートの目の前でひらつかせると、姿勢を正して一つ咳払いをしてから、おもむろに蝋封を外します。
「えー、親愛なるトニオ様」
折り畳まれた便箋を丁寧に開き、宣誓でもするかのように高々と掲げて読み上げるトニオを、ピートは直視出来ず下を向いて肩を震わせます。
「日頃より当店をご愛顧いただきありがとうございます。つきましては、先日のご利用の代金を早急にお支払いいただきたく…」
読み進めるにつれトニオの声が次第に低くなっていくことに、ピートはもう堪えきれずお腹を抱えてゲラゲラ笑い出します。
「なんだこりゃ、飲み代の催促じゃねぇか」
「そうだ、わざわざ宛先不明の棚から探して持ってきたんだ。ありがたく受け取れ」
ピートは大笑いしながら、倉庫の奥の未配達品の棚に埋もれていた督促状の束をトニオのズボンのポケット突っ込みます。
「ふざけんな、こんなものいるか。持って帰りやがれ」
「そうはいくか。持ち帰って欲しけりゃ宛名を変えて切手を張り直せ」
ピートは封筒をつっかえそうとする手をかわして、自転車に飛び乗ると颯爽と駆け出します。
「おい、待て。郵便屋。サイコロ野郎」
トニオの悔しそうな声を背中に受けながら、ピートはすっかり上機嫌で広場を後にしました。
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