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穏やかな日差しがフローリスト・ベルの前の小さな公園に降り注いでいます。人影のないベンチにはナラの葉の木漏れ日が落ち、小さな花壇には秋桜の花が赤や黄色の斑点模様を作っています。
公園につき出すように伸びている緑と白のストライプのシェードの下では、花屋の娘ベルが店のウィンドウに貼ってあるポスターを、心ここにあらずといった様子で見つめています。
ショーウィンドウの奥、店内の作業台では、グラント氏が大きなハサミを器用に動かしながら、注文されたリースの仕上げにはみ出した葉を落としています。時折目を遠ざけてはリース全体のバランスを確認し、最後に満足した様子で一人頷くと店先にいる娘に呼びかけます。
「ベル、ベル」
しかし、店先にいる娘は別の何かに心が向いているようで、父親の呼び掛けに気がつきません。娘の反応が一向にないことが気になったグラント氏は、店先に出てきて、ウィンドウのポスターの前で立ちつくしている娘を見つけます。
そのポスターは商店の寄合の仲間から掲示するよう頼まれた音楽祭のポスターで、紙面にはスポットライトの当たるステージの上で歌っている若い男女と、植物に見立てた花咲く五線譜の絵が描かれています。グラント氏は娘の横顔とウィンドウのポスターを交互に見比べた後、ベルを驚かさないように小さな声でもう一度娘の名を呼びます。
「ベル」
急に現実に引き戻されたベルは、肩から頭までを震わせて驚きながら、裏返った声で返事を返します。
「な、なあに。お父さん」
「ちょいとすまんが、棚の上の箱を取ってくれんか」
「ええ、今すぐやるわ」
ベルは戸惑いを隠すように、早足で店の奥へと消えていきます。グラント氏は怪訝な顔でポスターを見上げると、鼻をふんと鳴らして店内へと戻っていきます。
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