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ピートがナラの木の公園に着いたのはその頃です。公園の脇に自転車を止めたピートは、昨日の失態を繰り返さないように周囲をよく確認して、一つ呼吸を落ち着けてから店先へと向かいます。
「こんにちは、郵便です」
開け放たれている入り口の扉をノックして、ピートは店内を覗きこみます。花屋の主人は、娘と一緒に作業台の上で仕上げたばかりのリースを包装用のチェックの紙箱に納めている最中でした。
「はーい」
リボンを押さえていたベルが顔を上げ、耳触りの良い清んだ声で返事をすると、何かを期待するかのように目の奥を輝かせながら、ピートに向かって小走りで近づいてきます。
〝まいったな″
ピートはその期待を裏切ってしまうのを知っていて、ベルと目を合わせる事ができません。
「え、えーと、こちらが本日分の伝票で、封筒が3枚、郵便物が2点です。こちらにサインをお願いします」
細い指でペン先を伝票に走らせるベルが、ちらりちらりと何かを聞きたそうに上目遣いで見上げてくることに、ピートの心はさらに重苦しくなります。
「あの…」
「あ、今日の」
伝票を手渡すタイミングで、二人の言葉が重なります。
「は、はい」
「あ、いえ、どうぞ」
また言葉を重ねながら、二人同時に先を譲り合い、そこでお互いに言いたいことが分かってしまいます。
「私宛の手紙はなかった、ですね」
「申し訳ありませんが、今日の荷物には」
少し肩を落として呟くベルの姿にピートは最後まで言葉が続きません。
大きな鳶色の瞳にかかる長いまつげが揺れるのが目に入ってしまい、ピートの視線は落ちつく先を無くして、グラント氏が包装紙をまとめる音しか聞こえない店内をぐるぐる回ります。その時、ふと脳裏に倉庫の奥にある棚の事が浮かんで、ピートは思わず声を出します。
「あっ」
ピートはグラント氏の方を気にしながら、ベルにだけ聞こえるように身を乗り出して話しかけます。
「ベルさん、もしかしたら何かの手違いで未配達になっているかもしれません。局に戻ったら、宛先不明の棚も調べてみますね」
思いもよらない言葉に、ベルが顔をぱっと明るくしてピートを見上げます。
「本当ですか、嬉しい。ぜひぜひお願いします」
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