ベルの頼み事

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「ジェフリー、ジェフリー・リッテンバーグ」 ベルから聴いた名前を何度も復唱しながら、引き出しの中の封筒の束を取り出し、確認してはしまいこむ作業を延々と繰り返します。引き出しの横幅は大人が手を広げたくらいの大きさで、扱いに慣れたピートでも引き出し一つを調べ終わるには半時ほどかかります。それが1区だけで四段もあるのですから大変な作業です。 壁にかかる時計の短針はとっくに12時を回っていますが、ようやく地区の半分が終わった程度です。ピートは疲れと眠さですっかり重たくなった瞼が落ちてくる度に、頭を振って眠気を払いのけます。 「眠たくなんかないぞ。明日、あの娘に手紙を届けるんだ。ええぃ、ジェフリー・リッテンバーグめ。ここにいるなら返事しやがれ」 ピートはわざと大きな声で一人言を言った後、倉庫の高い天井を見上げてふぅっと息を吐きます。 「しかし、ジェフリー・リッテンバーグってのはいったいどんな奴だろうなぁ。ベルさんがあれだけ心待ちにしているなら、ただの友達じゃないだろう。思いを寄せている相手だろうな」 ピートは作業の手を止めて、剥き出しの鉄骨が支える冷たい天井に未だ見ぬジェフリー・リッテンバーグを思い浮かべます。 「ベルさんに思いを寄せられるなら余程いい男なんだろう。背も高くて、体つきも立派だ。きっと、ジェフリー・リッテンバーグは七つの海を渡る船乗りか、自由の為の戦いに身を捧げる闘士みたいな奴だろう。それで、今、この瞬間も戦場に身を置きながらベルさんの事を思っているんだな」 ピートの頭に、菜の花が咲き誇る一面黄色の丘の上で、映画俳優のような端正な顔をした長身の男がベルの細い肩を優しく抱いている絵が思い起こされます。 「ふう、僕もお前に会ってみたいよ、ジェフリー」 ピートは一つため息をつくと、少し気落ちした様子で、また引き出しから封筒の束を取り出します。その時、取り出した束の中から一枚の封筒がするりと飛び出し、ピートの足下に舞い降ります。何とない仕草で封筒を拾い上げ、引き出しに戻そうとしたピートの手がぴたりと止まります。
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