ベルの頼み事

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手にした封筒の宛名には、ベル・グラントの名が筆圧の強いしっかりした字体で記されており、送り主にはジェフリー・リッテンバーグのサインがあります。 「ベル・グラント、ジェフリー・リッテンバーグ」 ピートは震える手で封筒を何度も読み返し、自分の目に間違いがないことを確認すると、興奮した様子で封筒を高々と掲げ、くるりくるりと回り出します。 「ハハ、ハハハ、何だよ、ジェフリー。本当に会いに来てくれたのか。お前、なかなか良い奴じゃないか。おおっ」 調子に乗って回り過ぎたピートが足下の荷物につまずき床に倒れこみますが、それでも、ピートは天井の薄暗い照明に封筒をかざして愛しそうに見つめています。 「これでベルさんの悲しい顔を見なくてすむな」 自分の使命を果たした達成感とともに、手紙を受け取って喜ぶベルの顔が瞼に浮かんで、ピートはなぜか急に胸の奥に冷たい風をあてられたような気持ちになります。 「本当にお前が羨ましいよ、ジェフリー。恋文なんて毎日のように見ているけど、僕は一度だって書いたことも貰ったこともない。郵便屋はいつだって配達するだけのかやの外の人間だ」 ピートは床に倒れたまま、返事をしない封筒の宛名と差出名を交互に見比べ、ベルとジェフリーの名前の間に入っているピートの知らないストーリーに思いを馳せます。 「ん」 ふと違和感を感じたピートが上半身を起こして宛書きに目を凝らすと、住所の記載に間違いがあるのに気がつきます。 「ひどいな。スペルミスが3箇所もあるし、こんな名前の通りはないぞ。これじゃまともに届くはずない。どうやらジェフリーは相当おっちょこちょいらしいな」 長身の端正な顔をした自由の闘士にも意外な欠点があるのを発見したピートは、少しだけ気分を取り直し、大事な手紙を胸ポケットにしまいこむと、勢いよく立ち上がって未配達の棚を離れていきました。
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