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トニオと取立て屋
帰り道は真っ暗です。いつもなら喧騒が聞こえくる商店も閉店の時間を過ぎ、団欒の灯りが漏れてくる窓も木戸で覆われています。
ピートは街灯の虚ろな光だけが点々と続く通りを自転車で駆けていきます。ぼけっと立ち尽くしている街灯の黄色い光は、せいぜい支柱の下を照らす程度の光量しかなく、街灯から次の街灯までの間はか細い自転車のライトだけが頼りです。
「すっかり遅くなっちゃったな。リリーは大丈夫だろうか」
ピートが窓辺で主人の帰りを待っているスパティフィラムの事を考えた時、ピートの前方の路地の暗がりから人影が飛び出してきます。
「あ、あぶなっ」
ピートは慌ててハンドルをきりますが、突然の事によけきれず、自転車は人物と衝突して、ピートの体は石畳の上に投げ出されます。
「うぅ、いてて」
ピートの前方の暗闇に衝突の相手が転がっています。街灯の灯りはほとんど届かず顔は見えませんが、声の感じと影の大きさで若い男なのが分かります。
「あの、大丈夫ですか」
相手を心配するピートに、男の影が大声を返してきます。
「やい、てめえ、いったい何してくれるんだ」
何となく聞き覚えのある声にピートが男の顔を覗くと、相手も同じ事を感じたらしく、ピートの顔をじっと見返してきます。
「なんだ、誰かと思ったら郵便屋じゃねぇか」
「あ、お前、トニオか」
目の前の相手が知った顔だった事に、ピートとトニオは同時に声をあげます。
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